研究成果の紹介
バイオサイエンス研究科動物細胞工学研究室の都留助教、河野憲二教授らが、大腸粘膜を保護するムチン産生にストレス応答因子が重要な役割をしていることを解明
バイオサイエンス研究科動物細胞工学研究室の都留秋雄助教と河野憲二教授らは、英国ケンブリッジ大学のデビッド・ロン博士、群馬大学の岩脇隆夫博士らと共同研究を行い、体内でムチンを効率よく生産するために、「IRE1β」と名付けられた細胞のストレスを感知するセンサー分子が重要な役割を果たしていることを世界で初めて明らかにした。この研究成果は、2月18日付けのProc.Natl.Acad.Sci.USA 誌に掲載されると共に、NHKや奈良テレビのニュース、朝日新聞、産經新聞、奈良新聞などで取り上げられた。
都留秋雄助教のコメント
今回の成果発表は、河野先生をはじめ共同研究者の皆さん、特に当時学生だった藤本直子さんと細胞間情報(電子顕微鏡)の高橋咲都紀さんの大きな貢献によって可能となりました。そしてそれは、学内(細胞間情報研究室)及び学外(英国ケンブリッジ大のDavid Ron 教授と群馬大の岩脇隆夫博士)との共同研究があってこそ得られたものであり、共同研究の重要性を肌で感じることができました。また、動物細胞工学研究室のスタッフや学生の皆さんにも日常的に種々のご協力をいただきました。ここに、これら全ての人に感謝の意を表したいと思います。どうもありがとうございました。本論文は、基礎的にも興味深いものですが、今後の応用展開にも期待ができるものであると考えています。
研究の概要
【研究背景】
我々の消化管内には、摂取した食物や腸内細菌が存在している。そのため消化管の表面は粘液で保護されている。この粘液の主成分はムチンと呼ばれる物質である。ムチンは非常に多くの糖が結合したタンパク質(糖タンパク質)であり、これが不足すると、種々の腸疾患の発症につながることが知られていた。一方、IRE1βというタンパク質を作れないように操作した遺伝子改変マウスは、潰瘍性大腸炎を誘導する薬剤に対する感受性が高くなっていた。しかし、何故IRE1βがないと潰瘍性大腸炎になりやすくなるのか?そもそもIRE1βがどの細胞にあるのか全く判っていなかった。
【結果】
大腸では、ムチンは粘膜に存在する杯細胞によって作られ、分泌されている(図1)。まず、核にあるDNAからムチンタンパク質の設計図がメッセンジャーRNA (mRNA)にコピーされる。杯細胞はムチン生産に特化した細胞なので、作られるムチンmRNAの量は膨大である。そのmRNAをもとに大量のムチンが作られ、小胞体という場所で形が整えられる。その後、ゴルジ体という場所に移され、糖が結合して完成型となる。
私達は、IRE1βがどこにあるか電子顕微鏡を用いて調べた。IRE1βは腸全体に分布しているわけではなく、まさにこの杯細胞の小胞体にあることがわかった。IRE1βは小胞体の状況をモニターするストレスセンサーであり、必要とあれば、mRNAを分解する機能を持っている。電子顕微鏡による観察や、分子生物学や生化学といった種々の手法によって解析したところ、人為的にIREβを無くした杯細胞では、ムチンmRNAが分解されず、不良品のムチン前駆体が小胞体に大量に溜まり小胞体が超肥大化し、小胞体ストレス状態にあることがわかった(図2)。このことは、杯細胞は基本的にムチンmRNAを作りすぎる傾向が有り、その全てから合成されたムチンが小胞体に入ると、折り畳み処理の工程が破綻し、不良品が蓄積してしまうからではないかと考えられた。IRE1βがあると、小胞体内に不良品タンパク質が溜まりかけたときに働きはじめ、mRNAの量を適切に減らすため、小胞体の処理能力を超えるタンパク質が流入し続けることはなく、結果的に生産ラインがスムーズに流れて収量が増加すると考えられる。このIRE1βによる調節のポイントは、mRNAの量を0にするのではなく、少し量を減らし、タンパク質の合成量が小胞体の処理能力に見合う量になるように調整するということである。
【意義】
今回得られた結果は、細胞のタンパク質生産の新たな調節機構、または効率化の重要性を示している。すなわち効率化がうまく行かないと結果的にタンパク質の生産量が減少し、重篤な疾患を引き起こす危険因子になる。
潰瘍性大腸炎は厚生労働省の難病指定を受けている疾患であり、その発症原因も十分解明されているとは言えない。今回、IRE1βが腸の保護に働く粘液の効率的生産に重要な働きをしていることがわかったことは、この疾患の原因解明に新たな一石を投じるものである。遺伝的にIRE1βを持たないマウスも成体にまで成長することがわかっており、人の場合も同様である可能性は高い。したがって遺伝子診断をすると、潰瘍性大腸炎を発症した人の中にIRE1β遺伝子に欠陥をもつ人が含まれており、それが発症の原因のひとつとなる可能性がある。
【図の説明】
図1 マウス大腸の断面
図2 マウス杯細胞の電顕写真
関連する論文リスト
1. Iwawaki, T., Hosoda, A., Okuda, T., Kamigori, Y., Nomura-Furuwatari, C., Kimata, Y., Tsuru, A., and Kohno, K. Nature Cell Biol. 3. 158-164 (2001)
2. Imagawa, Y., Hosoda, A., Sasaka, S., Tsuru, A., and Kohno, K. FEBS Lett. 582, 656-660 (2008)
3. Nakamura, D., Tsuru, A., Ikegami, K., Imagawa, Y., Fujimoto, N., and Kohno, K. FEBS Lett. 585, 133-138 (2011)
(2013年03月29日掲載)