NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

脊髄損傷マウスが歩行可能になる新たな治癒メカニズムを解明 - 抗てんかん薬の新たな作用と神経幹細胞の移植による修復に期待 -

分子神経分化制御学講座の中島欽一教授らのグループが、脊髄損傷マウスが歩行可能になる新たな治癒メカニズムを解明しました。この成果は、日本経済新聞、日経産業新聞、毎日新聞、朝日新聞、産経新聞、日刊工業新聞、奈良新聞、東京新聞、大阪日日新聞、西日本新聞、南日本新聞、また毎日放送に記事として取り上げられました。

プレスリリース詳細( 大学HP http://www.naist.jp/ 内コンテンツ )

中島欽一教授のコメント

【写真】中島教授の記者会見
中島教授の記者会見
今回の研究は、私が留学中に発見した、抗てんかん薬としてしられるバルプロ酸が「神経幹細胞のニューロンへの分化を促進する」、という作用を基に展開されました。この作用を利用して何か臨床応用的な研究ができないかと考え、誰か一緒にやってくれる人を探している時に真っ先に手を挙げてくれたのが、この論文の筆頭著者でもある鹿児島大学整形外科のあべ松昌彦君でした。紆余曲折はありましたが、あべ松君は粘り強く最後までしっかりやり遂げてくれました。また、今回その成果を論文として発表することができましたのは、共著者の方々や論文には名前を載せられなかったけれどその他多くの方々の支援のおかげであり、この場を借りて感謝させて頂きたいと思います。今後はヒト由来神経幹細胞の移植に関する実験や病院との連携を図りながら、少しずつですが臨床応用への可能性を探りつつ研究を進めていきたいと思います。

掲載論文

Abematsu, M., Tsujimura, K., Yamano, M., Saito, M., Kohno, K., Kohyama, J., Namihira, M., Komiya, S. and Nakashima, K. (2010) Neurons derived from transplanted neural stem cells restore disrupted neuronal circuitry in a mouse model of spinal cord injury. J Clin Invest
(リンクをクリックすると PubMed のページに移ります )

研究の概要

遺伝子発現はクロマチンを構成するヒストンのアセチル化や脱アセチル化によってそれぞれ正、負に精妙に制御されています。私たちは以前に、長らく抗てんかん薬として利用され最近ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤としての活性が明らかにされたバルプロ酸が、神経幹細胞のニューロン分化を劇的に促進できることを報告しました(Proc Natl Acad Sci USA 2004)。また、神経幹細胞の分化をグリア細胞(アストロサイト及びオリゴデンドロサイト)へと向かわせる培養条件下においてもバルプロ酸はグリア細胞分化を阻害しつつニューロン分化を促進できることも明らかにしました。ところで、損傷脊髄などでは神経幹細胞からアストロサイトへの分化を誘導するIL-6を含めた炎症性サイトカインの高発現が誘導されます。そのため内在性及び移植神経幹細胞のほとんどがアストロサイトへと分化してしまい、結果としてグリア性瘢痕を形成することで、ニューロン新生や軸索伸長が妨げられてしまうという問題点が明らかとなっています。そこで私たちは「アストロサイト分化を抑制し、ニューロン分化を促進できる」というバルプロ酸の作用に着目しました。損傷マウス脊髄に神経幹細胞を移植し、バルプロ酸を投与したところ、通常はほとんど見られないニューロンへの分化が観察され、また非移植対照に比して顕著な下枝機能回復が見られました。さらに2種類のトレーサーを用いた実験では、移植細胞由来ニューロンが損傷した神経回路をリレーするように再建している様子が観察されました(図)。また、移植細胞特異的除去により改善した運動機能が再度悪化することから、移植細胞が直接的に損傷脊髄機能回復に貢献していることも明らかになりました。細胞移植は行うものの遺伝子導入を必要としないこの治療法(Hdac Inhibitor and Neural stem cell Transplantation, HINT法)は安全性が高く、神経系疾患の新規治療法開発などの応用面においても重要な意義を持つと考えられます。


【図】 移植神経幹細胞由来ニューロンによる損傷神経回路の再建。
重度の損傷を受けた場合、脳に存在するニューロンからの軸索(左側から伸びる青線)は切断されるため、損傷部(injury site)より下方(右側)へは信号を伝えられなくなる。しかし、損傷部に神経幹細胞を移植しバルプロ酸を投与すると、移植神経幹細胞から新たにニューロン(Neurons、緑)が作られ、リレーすることにより信号を下方へ伝えることができるようになり、下枝機能回復がみられる。赤丸は、脳に注入したアデノウィルスにより発現されたWGA(wheat germ agglutinin)が、新しくできたニューロンによって損傷部より下方の内在性ニューロンへとリレーによって受け渡されていることを示す。

(2010年08月24日掲載)

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