NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

ストレス下でも植物の正常な細胞分裂を進める
CPC複合体の局在機構を解明
染色体の特定部位に局在して機能
~動植物間でタンパク質レベルの収束進化があった~

ストレス下でも植物の正常な細胞分裂を進める
CPC複合体の局在機構を解明
染色体の特定部位に局在して機能
~動植物間でタンパク質レベルの収束進化があった~

 奈良先端 科学技術大学院大学(学長:塩﨑 一裕 ) 先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域 植物二次代謝研究室の小牧 伸一郎助教は、 オランダのフローニンゲン大学、 ベルギーのゲント大学、ドイツの ハンブルク大学との共同研究により、 植物にストレスがかかった時に、細胞分裂の進行状況をチェックして正常化するなど重要な役割を果たす「染色体パッセンジャー複合体( CPC )」と呼ばれるタンパク質複合体が、染色体上の特定の部位に局在する機構について、モデル植物のシロイヌナズナを使い、明らかにしました。

 CPC複合体は、異なる機能を持つタンパク質が連係して構成され、触媒である「オーロラキナーゼ」を足場の役目をするタンパク質群が適切な場所に運ぶことで機能します。
 今回の研究では、この足場タンパク質群に含まれる「BORI1」と「BORI2」というタンパク質を発見
しました。BORI1とBORI2は、共通する領域としてFHAドメインと呼ばれるアミノ酸の配列を持っており、このドメインが染色体のリン酸化されたヒストンタンパク質を認識し結合することで、CPC 複合体を正しく、キネトコア(動原体)という部位に局在させることがわかりました。
 一方、動物と酵母ではサバイビンというタンパク質が、BIRというドメインを介してCPC複合体をキネトコアに局在させることが知られていました。そこで、BORIとサバイビンのアミノ酸配列を詳しく比較し解析したところ、これらのタンパク質には共通するごく短い配列が保存されており、進化の初期段階に登場した生物はこの短い配列のみを持っていたことを見出しました。このことから、進化の過程でFHAとBIRという異なるヒストンのリン酸化認識ドメインが付加されることで、現在の生物が持つ、同じ機能でありながら全く異なるドメインから構成される「BORI」「サバイビン」という2種の タンパク質が誕生したこと が明らかとなりました。

 この研究結果は、 類似した形質を独立に獲得する「収束進化」が タンパク質レベルで も起きていることを 明らかに し 、 動物 や 酵母ではよく知られていた サバ イ ビン の 本質を 再定義 する結果 につながりました 。 また、植物をはじめこれまで サバイビン が見つかっていなかった多くの真核生物においてBORI タイプのタンパク質が存在することが分かり、 C PC 複合体のキネトコア局在機構の理解に大きく貢献するものです。
 この研究成果は、 2 022 年 10 月 1 3 日付で、米国科学アカデミー紀要 (doi.org/10.1073/pnas.2200108119)に掲載されました。

【背景と目的】
染色体パッセンジャー複合体(CPC)は、足場タンパク質である「サバイビン」「INCENP」「Borealin」の 3 種が連結して、触媒ユニットである「オーロラキナーゼ」をキネトコア*1に局在させることで機能します(図 1)。キネトコアのヒストン H3 は「ハスピンキナーゼ」によって、アミノ酸配列の 3 番目のスレオニンが特異的にリン酸化されて「H3T3ph」という分子構造になります。動物や酵母では、この H3T3ph をサバイビンの BIR ドメイン*2が認識し直接結合することで、CPC 複合体全体をキネトコアに局在させることが知られていました。しかし、他の生物ではサバイビンに類似のタンパク質が見つかっておらず、CPC 複合体の局在様式は謎でした。
モデル植物であるシロイヌナズナ*3では 3 つの足場タンパク質のうち、INCENP 様の遺伝子は見かっていましたが、その機能はわかっておらず、さらに Borealin とサバイビンは遺伝子自体が存在しないとされていました。そこで我々は、動物の Borealin が、細胞周期の移行に関わる RB/E2F 転写因子*4 の下流で働くことに注目し、シロイヌナズナ RB のクロマチン免疫沈降*5 データより Borealin 遺伝子の同定を行いました。次に、植物における CPC 複合体の局在制御機構を調べるために、Borealinの結合タンパク質を単離し、BORI と命名しました。機能解析の結果、BORI は、Borealin と結合するとともに、FHA ドメインを用いて H3T3ph を認識することで、植物の CPC 複合体をキネトコアに局在させることが明らかとなりました。
この性質は、動物のサバイビンの機能を補償するものでありましたが、使用するドメインなどが大きく異なっていました。そこで、ゲノム検索を行ったところ、サバイビンと BORI が共通祖先を持つ遺伝子であることが分かり、この遺伝子がその他の生物にも広く保存していることが分かりました。
つまり、サバイビンと BORI の主となる構造は Borealin などとの結合部位であり、その後の収束進化の過程で、異なる H3T3ph の認識ドメインを付加させたことが明らかとなりました。本研究は、サバイビンタンパク質の再定義に繋がるとともに、CPC 複合体のキネトコア局在機構の理解に大きく貢献するものとなりました。

図 1. 動植物の CPC 複合体の構成因子

動物と植物の CPC 複合体は、それぞれサバイビンと BORI の持つ H3T3ph 認識ドメインによってキネトコアに局在する。本研究によって、2 つのタンパク質は共通祖先を持つことが分かり、収束進化によって、異なる H3T3ph 認識ドメインを獲得したことが示された。

【今後の展開】
本研究で見出した BORI タンパク質の解析より、ストレス時の細胞分裂の進行に重要な役割を果た
す CPC 複合体が、キネトコアに局在する機構の核心に迫ることが出来ました。これにより、これまで
動物や酵母を中心に進められてきたCPC複合体の機能解析を、植物でも行うことが出来ます。今後は、細胞分裂異常を引き起こす環境ストレスに強い植物の育成につながる研究に寄与することが出来ると期待されます。

【用語解説】
*1:染色体上に形成される層状の構造体。細胞分裂時の染色体の分配に関わる紡錘体微小管との結合部位として機能する。細胞周期を通じて、その構成タンパク質が入れ替わることが知られている。
*2:独自の機能を有するタンパク質の配列の一部のこと。独自に折りたたまれ、安定な構造をとることが多い。
*3:アブラナ科の 1 年草。初めて全ゲノムが解読された被子植物であり、形質転換が容易である、世代時間が短いといった研究に適した形質を持つことからモデル植物として多くの研究者に使用されている。
*4:細胞周期の S 期への移行を司る E2F タンパク質とその抑制因子である RB タンパク質。RB タンパク質はガンの抑制因子の一つとして知られる。
*5:タンパク質と DNA の相互作用を解析する方法のひとつであり、ターゲットとするタンパク質の抗体を用いて、そのタンパク質と特異的に結合する DNA 断片を選択的に濃縮することが出来る。

【論文情報】
タイトル:Molecular convergence by differential domain acquisition is a hallmark of chromosomalpassenger complex evolution
DOI:10.1073/pnas.2200108119
著者名: Shinichiro Komaki*, Eelco C. Tromer, Geert De Jaeger, Nancy De Winne, Maren Heese, and Arp Schnittger*
*共責任著者
雑誌名: Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)

【植物二次代謝研究室】
研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses114.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/tohge/

(2022年10月17日掲載)

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