花が蜜を作る器官「蜜腺」を育てる仕組みを解明
~DNA が輪をつくり、成⻑を促す~
花が蜜を作る器官「蜜腺」を育てる仕組みを解明
~DNA が輪をつくり、成⻑を促す~
【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑一裕)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域の伊藤寿朗教授らの研究グループは、シロイヌナズナを用いて、DNA が輪をつくることで、蜜腺の成長に必要な遺伝子の働きが高まる仕組みを明らかにしました。遺伝情報を担うひも状の DNA には、遺伝子の働きを高める調節領域があります。CRC とMYB というタンパク質が、離れていた遺伝子と調節領域を近づけ、間の DNA が輪のような形になります。これにより、蜜腺の成長を支える遺伝子の働きが高まります。さらに、CRC は、蜜の材料となる糖の輸送や、香り成分の一種であるテルペンの合成に関わる遺伝子の働きも調節していました。本成果から、CRC が蜜腺の成長を促すとともに、蜜の分泌や香り成分の合成に関わる遺伝子の働きを調節し、器官の成長と機能の両方を支えることが見えてきました。本研究成果は、英国の国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました (DOI: 10.1038/s41467-026-78943-6)。
【背景と目的】
花の蜜は、おしべの根元などにある小さな器官「蜜腺」で作られます。蜜腺は、ただ糖を蓄えるだけでなく、糖を運び、蜜として分泌するための働きを備えています。こうした器官がどのように育ち、蜜を分泌するための準備を整えるのかを理解することは、植物が特殊な役割を持つ器官を作る仕組みの解明につながります。
これまで、モデル植物のシロイヌナズナ(注 1)では、CRC というタンパク質が蜜腺の形成に不可欠であることが知られていました。また、蜜腺の成長や糖の輸送に関わる遺伝子も個別に見つかっていました。しかし、CRC がこれらの遺伝子の働きをどのように調節し、器官の成長と蜜の分泌を支えているのかは、十分に分かっていませんでした。
蜜腺は直径約 100 マイクロメートルの小さな器官で、周囲の組織から分けて調べることが難しく、従来の解析では、どの場所でどの遺伝子が働いているのかを捉えることに限界がありました。そこで本研究では、細胞ごとの遺伝子の働きを調べる解析と、組織の位置ごとの遺伝子の働きを調べる解析を組み合わせることで鍵となる遺伝子とそのつながりを見つけることで、蜜腺の成長と機能を支える仕組みの解明を目指しました。

【研究の内容】
花の中で働く遺伝子を、細胞と場所の両面から解析
公開されている単一核 RNA 解析(注 2)のデータを再解析し、蜜腺の細胞集団で CRC やMYB の遺伝子が働いていることを確認しました。さらに、組織内の位置を保ったまま遺伝子の働きを調べる空間トランスクリプトーム解析(注 3)により、蜜の糖を運ぶ輸送体や、香り成分をつくるテルペン合成酵素の遺伝子が、蜜腺で特徴的に働くことを明らかにしました。蜜腺を欠く crc 変異体との比較も合わせ、蜜腺の位置とそこで働く遺伝子を対応づけました。
CRC タンパク質が、蜜腺の成長と糖・テルペンに関わる遺伝子を調節
CRC が DNA 上のどこに結合するかと、CRC を失うとどの遺伝子の働きが変わるかを調べました。その結果、CRC が調節する遺伝子には、器官の成長に関わるものに加え、糖の輸送や、香り成分の一種であるテルペン(注 4)の合成に関わるものが含まれていました。また、CRC がMYB21、MYB24、MYB57というタンパク質と結合し、共通の遺伝子の働きを調節することを明らかにしました。これら3種類のMYB の働きを同時に失った植物では蜜腺が小さくなり、CRC とMYB が蜜腺の成長に重要であることが分かりました。
DNA が輪をつくり、成長に必要な遺伝子の働きを高める
CRC と MYB が共通して調節する遺伝子の中から、蜜腺の成長に関わる MAB4 遺伝子に着目しました。 MAB4 遺伝子の下流には、その働きを高める調節領域(注 5)がありました。この領域の働きが損なわれた植物では、MAB4 の働きが弱まり、蜜腺も小さくなりました。DNA上で離れた領域同士の近づきやすさを調べたところ、MAB4 遺伝子の働きが始まる付近と、下流の調節領域との接触が検出されました。 CRC の働きを失うと、この接触は減少しました。これらの結果は、CRC と MYB が両領域を近づけ、間のDNA が輪のような形をとることで、MAB4 遺伝子の働きを高める仕組みを支持しています。さらに、 MAB4 が植物ホルモン「オーキシン」(注 6)を運ぶタンパク質の配向を整え、蜜腺内でのホルモンの分布と成長を支えることも分かりました。本研究は、DNA 上での遺伝子の調節が、細胞内のタンパク質の配置を通じて、小さな器官の成長につながる仕組みを示しています。
【今後の展開】
本研究から、CRC が蜜腺の成長を促すとともに、糖の輸送やテルペンの合成に関わる遺伝子の働きも調節することが明らかになりました。器官を育てる仕組みと、その器官が特殊な役割を果たすための仕組みを、CRC が調節していると考えられます。
また、遺伝情報の配列だけでなく、DNA 上で離れた領域が近づくことが器官の成長に関わるという成果は、植物が遺伝子の働きを場所に応じて調節する仕組みを理解する手がかりになります。今後、ほかの植物の蜜腺や、異なる器官でも同様の仕組みが働くかを調べることで、植物の器官形成に共通する原理の解明につながると期待されます。
一方、本研究では、DNA 領域間の接触を複数の組織を含む試料で測定しており、蜜腺の個々の細胞で輪の形成を直接観察したわけではありません。今後は、蜜腺の成長段階や細胞ごとに、DNA の状態と遺伝子の働きを詳しく調べる必要があります。また、CRCによる遺伝子の調節が、蜜の量や成分、テルペンの生産量にどのように反映されるかも課題です。
【用語解説】
注 1 シロイヌナズナ:アブラナ科の小さな植物。世代が短く、遺伝子を調べるための情報や実験材料が整っているため、植物研究で広く使われる。
注 2 単一核 RNA 解析:細胞の核を一つずつ分け、遺伝子の働きによって作られる RNA を調べる方法。さまざまな細胞が混ざった組織から、特徴的な遺伝子が働く細胞集団を見つけることができる。
注 3 空間トランスクリプトーム解析:組織内の位置と、そこで働く遺伝子を対応づけて調べる方法。本研究では、薄く切った花の組織から RNA を回収する Slide-seq という技術を用いた。
注 4 テルペン:植物が作る多様な化合物の総称。花の香りを構成する成分も含まれる。本研究では、テルペンを合成する酵素の遺伝子が CRC による調節を受けることを示した。
注 5 調節領域:遺伝子の働きの強さや、働く場所などを調節する DNA 上の領域。本研究で調べた MAB4
遺伝子の下流領域は、遺伝子の働きを高める「エンハンサー」として機能する。
注 6 オーキシン:植物の成長や器官の形成に関わる植物ホルモン。植物体内で運ばれ、特定の場所に集まることで、細胞の成長や発達を調節する。
【掲載論文】
タイトル:A CRC–MYB chromatin loop controls auxin-mediated nectary growth in Arabidopsis
著者:Hideaki Iimura, Makoto Takahashi, Ryosuke Ohta, Asumi Nagamori, Seika Togawa, Yuki Furuta, Koki Nakamura, Febri Yuda Kurniawan, Xuejing Wang, Kie Kumaishi, Samantha Klasfeld, Taiji Kawakatsu,
Yasunori Ichihashi, Takamasa Suzuki, Doris Wagner, Toshiro Ito, Nobutoshi Yamaguchi
掲載誌:Nature Communications
DOI:10.1038/s41467-026-78943-6
花発生分子遺伝学研究室
研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses112.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/ito/
(2026年10月28日掲載)
奈良先端科学技術大学院大学