研究成果の紹介
喘息から身体を守る仕組みが明らかに ~肺胞マクロファージ分化に必須の酵素を発見~
【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(奈良先端大、学長:横矢直和)バイオサイエンス研究科の川﨑拓実助教、河合太郎教授らは、肺組織に存在する白血球の一種で感染防御などの役割がある食細胞の肺胞マクロファージについて、その細胞の分化と代謝を制御することが、喘息の抑制に重要な役割を果たしていることを初めて明らかにしました。
マクロファージは、肺、脾臓、肝臓などの各組織に存在し、それぞれの組織で異なる機能をもっていることが知られています。肺に局在している肺胞マクロファージは、肺での感染防御やアレルゲンの除去、肺組織の恒常性維持といった機能を担っています。
肺胞マクロファージ(※1)は、肺に特徴的なマクロファージですが、その分化や生体内での制御は不明な点がありました。本研究では、イノシトールリン脂質代謝酵素(PIKfyve)(※2)をマクロファージで特異的に欠損したマウスを解析したところ、肺胞マクロファージが未分化な状態では、過剰な炎症を抑制することができず、ダニ由来成分により引き起こされる喘息症状が悪化することが明らかになりました。
さらに、生体内の微量のリン脂質の一種、イノシトールリン脂質の代謝酵素であるPIKfyveが肺胞マクロファージの分化を制御していることもわかりました。また、肺胞マクロファージのイノシトールリン脂質代謝が慢性炎症の制御に重要な役割を果たすことを初めて示すことができました。こうしたことから、イノシトールリン脂質代謝を制御することで喘息などの慢性炎症を抑制できる可能性を見出しました。
本成果は、平成29年5月22日に雑誌「The EMBO Journal」オンライン版に掲載されました。
川崎拓実助教のコメント
本研究は、脂質代謝酵素PIKfyveが、肺に特徴的なマクロファージである肺胞マクロファージの分化を制御し、その分化制御が、喘息の抑制に重要な役割を果たしていることを明らかにしたものです。本研究を行うにあたり、河合研卒業生の伊藤康祐さんをはじめ多くの研究室メンバーや本学技術職員の方々には大変お世話になりました。また、共同研究先の先生方にも大変お世話になりました。ここに感謝いたします。
【解説】
(1)研究の背景
イノシトールリン脂質はイノシトール環という環状構造とアシル鎖という鎖状構造からなり、生体内の微量な脂質の一種で、細胞膜などに含まれています。その役割は、イノシトール環のどの部分がリン酸化されるかにより異なります。今回の材料のイノシトールリン脂質の代謝酵素の一つであるPIKfyveは、イノシトールリン脂質の環状の炭素の並び順の5位(5番目)の部分を特異的にリン酸化する酵素です。本研究では、生体内のマクロファージにおけるPIKfyveの役割を明らかにするため、その酵素がマクロファージに特異的に欠損したマウスを作製し解析を行いました。
(2)研究手法と成果
マクロファージは各組織において特異的な機能をもち、生体防御や恒常性の維持を担っていることが知られています。そこで、各組織におけるマクロファージの割合を細胞表面マーカー調べたところ、脾臓、骨髄、肝臓、腹腔内においては、野生型マウスとPIKfyve欠損マウスの間で、マクロファージの割合に変化はありませんでした。ところが、肺では、肺組織特異的なマクロファージである肺胞マクロファージの割合がPIKfyve欠損マウスにおいて減少していました(図1)。
肺胞マクロファージは胎生期に肺組織に移入した単球もしくは未分化マクロファージが、成長に伴い分化、成熟することが知られています。そのため、出生直後、3日後、3週間後、6週間後と成長の各段階にあるマウスより肺を摘出し、肺胞マクロファージの発生及び分化過程を調べました。その結果、PIKfyve欠損マウスでは肺胞マクロファージが未分化な状態のままであることがわかりました。
次にPIKfyve欠損による肺胞マクロファージの分化の阻害が、どのような理由で引き起こされているかを検討しました。その結果、肺胞マクロファージの維持に必須な増殖因子のひとつである顆粒球単球コロニー刺激因子(GM-CSF)について、その因子により活性化されるはずの細胞内情報伝達経路が阻害されていることがわかりました。
次に、このPIKfyve欠損による未分化な肺胞マクロファージがどのような生体防御、恒常性維持に影響を与えているかを検討するため、ダニ由来抽出分をマウス鼻腔から投与することにより喘息を引き起こす実験を行いました。その結果、PIKfyve欠損マウスでは炎症が亢進しており、喘息を引き起こしやすくなることが明らかとなりました(図2)。さらに詳細な解析から、PIKfyve欠損による未分化な肺胞マクロファージでは、成長や発達に関わるビタミンAの代謝物であるレチノイン酸(※3)の産生が減少しており、その結果、炎症抑制機能を持つ制御性T細胞(Treg)というリンパ球の肺内への誘導ができず、結果として炎症が増悪化し、喘息様の病態を示すことか明らかとなりました(図3)。
(3)研究の位置づけ
イノシトールリン脂質は生体内の微量のリン脂質の一種です。その代謝酵素であるPIKfyveが肺胞マクロファージの分化を制御していることを明らかにしました。肺胞マクロファージは肺組織にだけ存在する特殊なマクロファージですが、その分化制御メカニズムはよくわかっておらず、その仕組みの一端を解明したことになります。
また、マクロファージのイノシトールリン脂質代謝が慢性炎症の制御に重要な役割を果たすことを初めて示すことができました。この結果により、イノシトールリン脂質代謝を制御することで喘息などの慢性炎症を抑制できる可能性を見出しました。
【用語説明】
※1 マクロファージ:白血球の1種で、死んだ細胞や病原体などを捕食し消化するとともに、活性化しサイトカインを産生することで炎症などを誘導する。また、取り込んだ病原体の抗原提示することでT細胞を活性化する。
※2 イノシトールリン脂質代謝酵素 PIKfyve:イノシトールリン脂質の環状の炭素の並び順の5位(5番目)の部分を特異的にリン酸化する酵素でホスファチジルイノシトール5リン酸及びホスファチジルイノシトール(3,5)リン酸の産生に関わる。
※3 レチノレイン酸:ビタミンAの代謝物で生体の成長や発達に必須。免役においては炎症抑制機能を持つ制御性T細胞(Treg)というリンパ球の発生に必須の役割をもつ。
【解説図】
図1 肺胞洗浄液及び肺組織中の肺胞マクロファージの割合。野生型及びPIKfyve欠損マウスの肺胞洗浄液中、肺組織中の肺胞マクロファージの割合を細胞表面マーカーである抗Siglec-F抗体と抗CD11c抗体でで免疫染色を行い、調べた。
図3 PIKfyveによる肺胞マクロファージの制御 肺胞マクロファージはPIKfyveの欠損によりGM-CSFによるシグナル伝達が抑制され未分化な状態になる。本来、成熟した肺胞マクロファージはレチノイン酸を放出することでTreg細胞を誘導し、炎症を抑制している。一方、PIKfyve欠損マウスでは、この抑制が適切に働かずダニ成分により喘息様の症状を引き起こす。
【著者・掲載論文・雑誌】
Deletion of PIKfyve alters alveolar macrophage populations and exacerbates allergic inflammation in mice
Takumi Kawasaki, Kosuke Ito, Haruhiko Miyata, Shizuo Akira and Taro Kawai
The EMBO Journal 2017年5月22日 on line
研究室紹介ホームページ:http://bsw3.naist.jp/courses/courses209.html
研究室ホームページ:http://bsw3.naist.jp/kawai/
(2017年05月30日掲載)