NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究室・教員

卒業生の声 - 拡がるNAIST遺伝子 -

村瀬 浩司 さん

  • 東京大学大学院農学生命科学研究科生物有機化学研究室・特任准教授
  • 2003年度(博士) 細胞間情報学

一流への道は一流の先生に師事することから始まる

村瀬 浩司さんの近況写真

私は2000年4月に奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)バイオサイエンス研究科の博士課程の学生として入学しました。所属した研究室は細胞間情報学講座であり、磯貝彰先生(元NAIST学長、現名誉教授)が研究室を率いていました。研究室の中心となるテーマは植物が自己の花粉を拒絶して、他個体由来の花粉を受け入れる自家不和合性と呼ばれる現象の研究でした。当時は自家不和合性反応において自他識別を担う分子をめぐり、アメリカやヨーロッパの研究グループと熾烈な競争が行われていました。学生はそれぞれ重要な研究テーマが与えられ、いつ自分のテーマが潰されるか分からないプレッシャーの中で日夜実験に励んでいました。大学時代にもそれなりに厳しい研究室に所属していたのですが、それとは別次元の厳しい、そして一流の研究室風景がありました。私の所属した研究室だけでなく、多くの研究室が世界としのぎを削っており、年中電気が消えることのない部屋が多くありました。学生の多くは大学敷地内にある格安の寮に住むことができ、豊富な研究資金と最先端の研究機器を用いて、非常に恵まれた環境の中で研究を進めることができました。

磯貝先生の下で自家不和合性研究グループを束ねていたのが、当時助教授で現在のボスでもある高山誠司先生(現東京大学教授)であり、私も自家不和合性研究グループに加わることになりました。私に与えられたテーマは菜の花のめしべで花粉の自他識別情報がどのように細胞内に伝えられているかを調べるものでした。自家不和合性反応が起きない変異体の遺伝学的な解析から、情報伝達に関わるタンパク質をコードする遺伝子を見つけることができ、Science誌に論文を出すことができました。しかしながら、有機化学の研究室から来た私には遺伝学など何も知らず、失敗と試行錯誤の連続で、遺伝子の発見までに2年、論文をまとめる頃にはすでに3年を過ぎていました。留年2年目がせまる博士論文締め切りの2日前にようやく論文が受理され、ホッとしたのを憶えています。気が抜けたのかインフルエンザを移され、さんざんな博士論文発表会になりましたが、優秀学生賞を頂けたり、国際学会で賞金付の賞をもらったりで有終の美を飾ることができました。

卒業後は学生時代の成果が評価され、日本学術振興会海外特別研究員としてアメリカのデューク大学に留学させて頂くことになりました。そこではTai-ping Sun博士の下で、植物ホルモンであるジベレリンとその受容体の機能解析を行うとともに、サイエンスの頂点であるアメリカの研究システムを学びました。2年が過ぎて、仕事が一段落したときに、ジベレリンの作用機構を詳細に解明するためにはX線結晶構造解析が必要との考えに至りました。Sun研究室にはそのような設備や技術はなかったため、NAISTの箱嶋敏雄先生(現NAIST理事・副学長)にお願いすることにしました。X線結晶学はライフサイエンスの中ではとくに敷居が高い分野であり、自分にできるだろうかと思いつつメールをしたのですが、「構造はそれを本当に知りたい者だけがたどり着くことができる」という簡単ながら勇気づけられるお返事を頂き、3ヶ月後には再びNAISTの地を踏んだのでした。

箱嶋研究室ではグローバルCOEや日本学術振興会特別研究員の支援を受けてジベレリンと受容体およびそのエフェクター複合体のX線結晶構造解析を行いました。箱嶋教授は気さくな先生で、当時助教だった平野先生と共に昼食を食べながら、毎日研究について議論していました。箱嶋研のハイレベルな技術と箱嶋先生の叱咤激励により、研究はとんとん拍子に進み、1年後には構造を解くことができ、ジベレリンの作用機構を原子レベルで明らかにできました。2008年に発表したこの論文はNature誌のトップ記事で紹介され、大きなインパクトを与えました。現在ではジベレリン複合体の構造は万能細胞のiPS細胞や花咲ホルモンであるフロリゲンとともに高校生物の教材でも紹介されており、バイオサイエンス研究科を代表する成果の一つになっています。

箱嶋研究室で3年半の修行を終えた後、細胞間情報学講座の教授になっていた高山先生から助教へのお誘いがあり、研究室にスタッフとして戻ることになりました。スタッフになってからは自分の学生時代のように研究をしたい学生が好きなだけできるよう、環境作りに腐心しました。当時は次世代シーケンサーが日本でも普及してきた頃で、これまではモデル植物でしかできなかった全ゲノム解析や組織で発現する遺伝子の網羅的な解析が非モデル植物でもできるようになり、研究の幅が大きく広がりました。一方で、次世代シーケンサーは膨大なデータを生み出すのため、データの解析にはこれまたバイオ学者には敷居の高いインフォマティクスの技術が必要でしたが、私は箱嶋研でインフォマティクスの基礎を学んでいたので、比較的早く適応することができました。次世代シーケンサーのデータ解析から、アスパラガスの雌雄を決定する性決定遺伝子を発見することができました。

このように研究生活の大半をNAISTで過ごしてきたのですが、高山先生が東京大学に移ることになり、2017年から研究室ごと東京大学に引越しました。現在は農学生命科学研究科の生物有機化学研究室で特任准教授として研究に打ち込んでおります。NAISTから卒業した研究室がなくなってしまったのは寂しいことですが、新天地でもNAIST時代の研究は継続しており、いくつかの大きいプロジェクトが動いています。NAISTの学生さん達ががんばって出してくれたこれらの成果を発表できる日を楽しみにしています。もう学生時代は遠い昔の話になり、思いで補正も大分入っておりますが、NAISTの細胞間情報学講座に入ったときの衝撃と磯貝先生の強いリーダーシップの下に皆が一体となって研究を進めていた風景はよく憶えています。そこには確かに研究をするための理想的な環境があり、夢と希望と大きなチャンスがありました。これからも学生に夢を与えられるような研究室でありたいと思っています。

一流の人物になるためには一流の指導者の下でトレーニングを積むのが近道です。それは甲子園の常連校であったり、有名な進学校に進学することと似たようなものでしょう。また、その中で成功するためには人並み以上の努力も必要です。今のNAISTは比較的簡単に入学することができ、皆さんにチャンスを与えてくれますが、それを活かせるかどうかは入学する皆さんの志と努力次第です。大学に籠もっているときには自身の成長を自覚することは少ないと思いますが、一流の指導者の下で厳しい修行を積んだ人は社会に出て羽ばたくときに、一流を知る者だけが見ることのできる世界がその前に広がっていることに気がつくでしょう。

写真の説明:東京大学生物有機化学研究室にて

村瀬 浩司さんの過去の記事はこちら

http://bsw3.naist.jp/graduate/index.php?id=33

【2017年10月掲載】

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