2023.01.04
植物はどのようにして高温に打ち勝つのか?
花発生分子遺伝学研究室・准教授・山口 暢俊
- 要旨
- 植物は中程度の高温の経験を記憶し、次の高温に備えることができます。エピゲノムによる遺伝子発現はよくわかっていますが、繰り返される環境の変化をどのようにエピゲノム情報で記憶していくのかはわかっていませんでした。我々は、シロイヌナズナというモデル植物を実験に用いて、抑制的ヒストン修飾である H3K27me3 を除去するヒストン脱メチル化酵素である JUMONJI(JMJ) が植物の高温記憶を制御することを明らかにしました。最初の高温に応答して、JMJ が熱ショックタンパク質をコードする遺伝子に存在する H3K27me3 を除去して、その状態をしばらく維持します。そのため、植物が2度目の高温を受けた際には、それらの遺伝子が速やかに発現することを突き止めました。この高温記憶のメカニズムを用いることで、植物が繰り返される高温に打ち勝ってたくましく生きているのではないかと考えられます。
- 主要関連論文
- Nobutoshi Yamaguchi, Satoshi Matsubara, Kaori Yoshimizu, Motohide Seki, Kouta Hamada, Mari Kamitani, Yuko Kurita, Yasuyuki Nomura, Kota Nagashima, Soichi Inagaki, Takamasa Suzuki, Eng-Seng Gan, Taiko To, Tetsuji Kakutani, Atsushi J. Nagano, Akiko Satake, Toshiro Ito. (2021) H3K27me3 demethylases alter HSP22 and HSP17.6C expression in response to recurring heat in Arabidopsis. Nature Communications. 12, 3480.
https://www.nature.com/articles/s41467-021-23766-w
1.はじめに
植物は繰り返しやってくる高温の刺激に適応しながら生存しています。特に高温にさらされた際に細胞を守る重要な役割を果たしているのが、熱ショックタンパク質です。この熱ショックタンパク質の遺伝情報をコードする遺伝子の発現は高温の刺激をうけた後に活性化し、上昇します。そして、立体的に複雑な高次構造が破壊されたタンパク質の修復やタンパク質の変性を抑制することによって、細胞を保護し、正常な機能に戻していきます1)。
ところが、高温の刺激がなくなった場合でも、しばらくの間は熱ショックタンパク質の発現が速やかに起こるように植物は適応した状態を維持しています。生命の営みの設計図であるDNAの塩基配列は、高温にさらされても変わらないことから、植物の適応能力が保持されるためには、塩基配列の変化を伴わずに、特定の遺伝子の発現を制御して使い分けるメカニズムを指す「エピジェネティクス」という概念が重要であると考えられます。これまで、エピジェネティクスには、DNAそのもののメチル化やDNAを巻き取るタンパク質であるヒストンのメチル化など、様々な部位にメチル基などの分子が結合する化学修飾という反応が遺伝子の使い分けに関わることがわかっています。しかし、「どのような化学修飾が、高温刺激の備えとして重要なのか?」という詳しい仕組みについては未解明のままでした。
2.JMJによる高温耐性の制御
まず私たちは、ヒストンのメチル化修飾に注目しました。DNAのメチル化よりも、ヒストンのメチル化修飾の方が、半減期(結合数が半分に減る時間)が短いので、高温に素早く対応して変化させやすいのではないか?と考えたからです。
そこで、ヒストンを構成する主要なタンパク質の一つであるヒストンH3のメチル化について調べました。このヒストンH3タンパク質を構成する長い鎖のように連結したアミノ酸のうち、27番目に位置するリジンが3つメチル基によってトリメチル化(H3K27me3)されると遺伝子の発現が強く抑制されることに着目し、実験を重ねました。
まず、H3K27me3を取り除く役割のJUMONJI (JMJ)というタンパク質2) が作れない突然変異体を使って、高温の刺激に適応できるかどうかを調べました。その結果、野生型の植物に比べて、JMJ変異体は高温の刺激に対し非常に弱く、光合成に関わるクロロフィル(緑色色素)の量と水分の含量が減少するために生存率が顕著に下がることがわかりました (図1)。
次いで、高温の刺激という条件の有無により、野生型とjmj 変異体それぞれでH3K27me3がどのように変化するかをクロマチン免疫沈降法という免疫の反応を使う手法によって解析しました。この手法で得られたDNAの塩基配列を次世代シーケンサーという装置で大規模に並列解析することにより、H3K27me3が含まれた遺伝子を網羅的に同定しました3)。その結果、高温の刺激を与えると、野生型では熱ショックタンパク質の設計図であるHEAT SHOCK PROTEIN 22(HSP22) 遺伝子やHSP17.6C 遺伝子にあるH3K27me3の修飾は取り除かれ、抑制が解かれてこの2つの遺伝子が活性化する状態が、しばらくの間は維持されていることがわかりました (図2)。
一方で、jmj変異体では、高温の刺激をあたえても、HSP22 遺伝子やHSP17.6C 遺伝子に含まれるH3K27me3の修飾は全く取り除かれないことがわかりました。このことから、JMJがこれら2つの遺伝子からH3K27me3を除去した状態を維持することは、高温耐性に必要であることを裏付けました。
3.JMJによる高温耐性の操作
さらに、jmj 変異体では、高温の刺激に非常に弱くなっていたことから、JMJの活性を高くすると高温に強い耐性できるかどうかを調べました。そこで、エストラジオールという植物には存在しないホルモンに応答して、JMJの発現を誘導することができるように形質転換した植物を作出し、植物の高温の刺激に対する応答を観察しました。その結果、JMJを誘導すると、誘導しない場合に比べて、高温の刺激に対し非常に強くなり、クロロフィルの量と水分の含量が減少を防ぐことができるために生存率が顕著に上がることがわかりました。さらにこの生存率の上昇は、H3K27me3の減少が続くことによるHSP22 やHSP17.6C 遺伝子の発現の増加が原因であることを突き止めました。
4.おわりに
本研究の成果により、高温の刺激がなくなった場合でも、しばらくの間はJMJの働きによりH3K27me3が除去されるために、細胞保護の役割をする熱ショックタンパク質の発現が速やかに起こるように適応していることがわかりました。JMJの活性を人工的に薬剤(エストラジオール)で操作することにより高温に対する耐性を向上させることを可能にしました。今回の研究は単に植物の生き残り戦略を知るだけでなく、植物に対する気候変動の影響を軽減するための対策を講じていくうえでも貢献すると期待されます。
参考文献
山口 暢俊 NAIST Edge BIO, 0008. (2023)