NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

バイオサイエンス研究科の島本功教授、赤松明研究員らの研究グループが、植物の免疫システムがONになる瞬間を可視化し、そのメカニズムを世界に先駆けて発見

バイオサイエンス研究科植物分子遺伝学研究室の島本功教授、赤松明研究員らの研究グループは、イネを使って、植物の免疫システムがONになる瞬間を可視化し、そのメカニズムを世界に先駆けて発見した。可視化することによって、イネの細胞膜上で、病原菌が感染してから3分以内に免疫スイッチがONになっていることが明らかとなった。この成果は、セル ホスト&マイクローブ 誌 (Cell Press社、アメリカ) の平成25年4月17日付けの電子ジャーナル版に掲載された。

島本功教授のコメント

 今回の成果は、これまで解明されていなかった、植物の病原菌由来物質の受容体から細胞内のシグナル分子への伝達機構の解明にあります。病原菌の細胞壁成分であるキチンは受容体複合体OsCEBiP/OsCERK1により受容され、受容体型キナーゼであるOsCERK1がイネの免疫スイッチであるOsRac1GTPaseのGTP/GDP交換因子OsRacGEF1をリン酸化する。リン酸化により活性化されたOsRacGEF1がOsRac1 GTPaseを活性化する。つまり「受容体複合体―GEF-OsRac1 」というモジュールが植物免疫の初期過程で機能していることを見つけました。この研究は赤松さんのみならず、助教であったHL Wongさんら多くの協力を得て行ったものです。参加された皆さんに感謝いたします。



研究の概要

 自然環境下において、動植物は細菌、カビ、ウイルスなどさまざまな病原体の脅威に常にさらされている。動物では、白血球や好中球のような可動性の細胞を利用した疫系が発達し、細胞どうしのコミュニケーションを巧みに利用しながら免疫システムを維持する。一方で、植物はそのような免疫系を持たない。そのため、植物は、独自の免疫システムを発達させて来た。植物は病原菌の感染を認識するために細胞の表面に免疫受容体を持っている。病原菌の細胞壁成分であるキチンなどのオリゴ糖(少糖類)やフラジェリンなどのペプチド(タンパク質の断片)を免疫受容体が認識し、様々な防御反応を展開することが知られている。この免疫システムによって、植物は自然界に存在する多数の病原菌から身を守っている。

 これまで、この免疫受容体が細胞の外で受け取った情報をどのような形で細胞のなかに伝えているのは明らかにされていません。細胞外の情報がどのような方法で、どのくらいの時間で伝えられているかを明らかにすることは、植物免疫のメカニズムの全貌を明らかにするためには、非常に重要な課題となっていた。

 我々は、Raichu-OsRac1(ライチュー・OsRac1)と呼ぶ蛍光タンパク質の光る性質を利用して反応を追跡できる生体内FRETセンサーを用いた解析から、OsRac1がイネの細胞膜上で活性化されることを視覚的にとらえることに成功した(図1)。この解析によって、免疫スイッチは病原菌侵入後3分以内に細胞膜上でONになることが明らかとなった。次に、OsRac1に結合するOsRacGEF1と呼ぶ交換因子を同定し、このOsRacGEF1の発現を抑制したイネに、いもち病菌を感染させると、そのイネはいもち病に対して抵抗性が弱くなることがわかった。さらに、OsRacGEF1は、病原菌が持つキチン糖を認識する免疫受容体OsCERK1によりリン酸化されることを見出した。これらのことなどから、受容体からの指令は、OsRacGEF1を介してOsRac1まで伝えられていることが明らかとなった。つまり、イネの細胞膜上ではOsCERK1-OsRacGEF1-OsRac1タンパク質が待機しており、病原菌を感知後、即座にOsRac1タンパク質のスイッチをONにすることができると考えられる。

 今回の発見により、植物が病原菌の侵入を感知してから、抗菌性物質の産生などの病原菌に対する直接的な攻撃までの一連の免疫指令経路が明らかとなった。これらの指令を担う遺伝子を手掛かりにイネの重要病害であるいもち病や白葉枯病に対する耐病性育種に応用が可能となる。それだけでなく、「病気に強い植物」の開発に貢献することもできる。さらに、耐病性技術の向上により、作物生産を安定化させ、爆発的な人口増加に伴う食糧問題の解決に貢献できると同時に、バイオ燃料の安定供給に向けたバイオマス植物の開発の基盤技術としての応用も期待される。

【掲載論文】
A. Akamatsu, H-L Wong, M. Fujiwara, J. Okuda, K. Nishide, K. Uno, K. Imai, K. Umemura, T. Kawasaki , Y. Kawano, and K. Shimamoto. An OsCEBiP/OsCERK1-OsRacGEF1-OsRac1 module is an essential early component of chitin-induced rice immunity. Cell Host & Microbe. 13(4):465-476 (2013)



図1 FRETセンサーによるRac1タンパク質の活性化解析  図2 イネ免疫経路のモデル図


(2013年04月30日掲載)

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