遺伝子発現を調節する「RNA 結合タンパク質」のデータベースを公開
異常な局在など効率的に網羅解析し、関連疾患の原因解明に期待
遺伝子発現を調節する「RNA 結合タンパク質」のデータベースを公開
異常な局在など効率的に網羅解析し、関連疾患の原因解明に期待
【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑一裕)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域 RNA 分子医科学研究室の博士後期課程卒業生である花井悠真助教と岡村勝友教授らは、ヒト培養細胞を用い、RNAの機能調節など生体の重要な役割を担う「RNA 結合タンパク質」を中心にした 350 種の遺伝子に対し、発現の目印となる蛍光タンパク質(注1)を融合させた遺伝子改変細胞株のコレクションを作成しました。このデータをもとに「ノックインアトラスデータベース https://rnabio.naist.jp/atlas/」を開設して情報を公開しています。特定の遺伝子部位に蛍光タンパク質の塩基配列を的確に挿入する量産型ノックイン実験のガイドラインを提供するほか、RNA 結合タンパク質の局在状況、機能についての網羅解析が可能になり、RNA を介した遺伝子解析の基盤材料となることが期待されます。
本研究成果は、 Nucleic Acids Research 誌 53 の 19 号に 2025 年 10 月 18 日(土)に公開されました(DOI:10.1093/nar/gkaf1050)。
【背景と目的】
タンパク質機能の理解には、タンパク質の精製や生細胞内での可視化は非常に重要な技術です。これらを可能にするため、CRISPR-Cas9 法(注2)というゲノム編集の手法を用いて特定の遺伝子に蛍光タンパク質タグ(標識)を挿入する「ノックイン」は分子細胞生物学において幅広く用いられています。その一方で、実験の煩雑さやタグ挿入場所の検討の必要性など、多くの遺伝子を対象に蛍光タンパク質ノックインの実験を行うには非常に大規模なリソースが必要となっていました。
【研究の内容】
本研究ではノックイン細胞(注3)量産化技術がより多くの一般的な研究室で実施可能にするため、まず、重要なタンパク質領域を避けたノックイン標的配列をゲノムワイドに推定、その塩基配列を公開しました。さらに、数百種の標的に対して行ったノックイン細胞作成、確認過程の途中経過や高精度な共焦点レーザー顕微鏡画像など基礎データを記録•公開することにより、多くの遺伝子について同様の実験を行うためのガイドラインとなるほか、材料の提供も行っています。
【今後の展開】
今後はより多くの遺伝子をカバーするため、ノックイン細胞コレクションの拡充を行う予定です。 また RNA 結合タンパク質群は、その多くが細胞環境に応じて局在する位置と結合する RNA の種類を変化させることにより、遺伝子発現の調節を行い、環境変化への応答に寄与すると考えられています。しかし、数多くの RNA 結合タンパク質が具体的にどのような局在変化を示し、どのような標的 RNA との結合変化があるかは理解されていません。
今回のデータベースを用い RNA 結合タンパク質機能の包括的な理解へとつながる研究への展開が期待されます。RNA 結合タンパク質の異常な局在は多くの疾患で顕在化していますが、本研究の手法や材料を用いた研究では、さらにRNA 結合タンパク質の異常な局在が起こるメカニズムとその結果として現れる遺伝子発現異常についての知見も深まり、疾患原因の分子的理解につながる可能性もあり ます。

図:図上部に示したタンパク質リストのページから興味のあるタンパク質を検索しリンクをクリック
することにより、ノックイン細胞作成過程の細胞分取過程のデータ(FACS)や、蛍光顕微鏡画像
(Microscopy)、電気泳動による分子量確認実験(Western blots)などの実験データが表示される。
【用語解説】
注1 蛍光タンパク質:特定のタンパク質の検出のために付加され、蛍光を発する標識タンパク質。蛍光顕微鏡観察や、このタグに対する抗体を使った生化学的精製にも用いられる。
注2 CRISPR-Cas9 法:ノックイン細胞作成などの際に使われる、配列特異的にゲノムの切断を引き起こすゲノム編集の手法。
注3 ノックイン細胞:任意の配列をゲノム中の特定の部位に挿入した細胞株。
【掲載論文】
タイトル:The knock-in atlas: a web resource for targeted protein trap by CRISPR/Cas9 in human and mouse cell lines
著者:Yuma Hanai, Patrick Louis Lagman Hilario, Yuriko Shiraishi, Nobuyasu Yoshida, Suzuna Murakami, Yuji Shimizu, Norisuke Kano, Minami Kojima, Kokoro Murai, Taro Kawai, Katsutomo Okamura
掲載誌:Nucleic Acids Research
DOI:10.1093/nar/gkaf1050
【RNA分子医科学研究室】
研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses216.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/okamura/
(2025年12月17日掲載)
奈良先端科学技術大学院大学