研究成果の紹介
光刺激から目を守る
〜網膜の頑強性を保つ新しいシグナル分子を発見〜
光刺激から目を守る
〜網膜の頑強性を保つ新しいシグナル分子を発見〜
発表概要:奈良先端科学技術大学院大学、国立循環器病研究センター、関西学院大学、山口大学、北海道大学からなる研究チームは、光刺激による視覚機能の崩壊を防ぐ新しいシグナル分子を発見しました。この研究成果は、学術雑誌「Cellular and Molecular Life Sciences」誌に先行発表されました。
網膜は眼球の中で、外界からの視覚情報を最初に受け取る細胞群です。この機能が損なわれる疾患が網膜色素変性症ですが、この疾患は治療法が確立されていないため、厚生労働省から難病に指定されています。これまでに研究チームは、この網膜変性が光刺激によって起こることを明らかにしており、それを引き起こすシグナルとしてエンドセリンを同定していました。しかし、他にもさまざまなシグナルが関与していると考えられる一方、その実態はほとんど明らかになっていませんでした。
今回、重定直弥・博士課程修了生(バイオサイエンス領域・発生医科学)らは、網膜色素変性症の疾患モデルマウスを用い、シングルセル遺伝子発現解析法を用いて、個々の細胞における遺伝子発現を調べました。その結果、疾患網膜ではIGF1というシグナル分子の発現量が特定の細胞種で減少しており、その結果、網膜細胞内でのグルコース代謝が弱化していることが明らかになりました。一方、網膜細胞にIGF1を安定的に発現させたところ、代謝が改善されたばかりでなく、細胞変性が部分的に抑制され、視覚機能の改善が認められました。また、このことはIGFシグナルの下流で働くmTOR遺伝子の変異マウスでも確認されました。
今後、視覚組織の頑強性を保つために、エンドセリンシグナルとIGF1がどのように互いに関与するのかなど、複数のシグナル間に存在する関連のさらなる解明が待たれます。
【用語の説明】
網膜色素変性症:眼球の中でも網膜と呼ばれる細胞群で生じる細胞変性に起因する眼疾患で、約半数は家族性(遺伝性)である。
シングルセル遺伝子発現解析法:特定の組織または器官内に存在する1つ1つの細胞に発現する遺伝子を定量する方法。
エンドセリン:多数の機能が知られているが、本研究に関連するところでは、網膜炎症が起きた時に光受容細胞から放出されるペプチド(アミノ酸の重合体)として、周囲のグリア細胞を活性化する。
IGF(Insulin-like Growth Factor: インスリン様成長因子):細胞の成長や器官の機能維持に関与する分泌性タンパク質。
【発表者】
重定直弥(本学バイオサイエンス領域・後期博士課程修了者)
鹿田直哉(本学バイオサイエンス領域・修士課程学生)
白井学(国立循環器病研究センター・室長)
鳥山道則(関西学院大学・講師)
東島史明(山口大学医学部・講師)
木村和博(山口大学医学部・教授)
近藤亨(北海道大学遺伝子病制御研究所・教授)
別所康全(本学バイオサイエンス領域・教授)
篠塚琢磨(本学バイオサイエンス領域・助教)
笹井紀明(本学バイオサイエンス領域・准教授)
【論文情報】
<雑誌名> Cellular and Molecular Life Sciences
<題名> Combination of blockade of endothelin signalling and compensation of IGF1 expression protects the retina from degeneration
<著者> Naoya Shigesada, Naoya Shikada, Manabu Shirai, Michinori Toriyama, Fumiaki Higashijima, Kazuhiro Kimura, Toru Kondo, Yasumasa Bessho, Takuma Shinozuka, Noriaki Sasai
<DOI> https://doi.org/10.1007/s00018-023-05087-x
<URL> https://link.springer.com/article/10.1007/s00018-023-05087-x
(重定直弥博士の学位論文の全文(日本語)が、https://library.naist.jp/opac/book/108165でご覧になれます)
【発生医科学研究室】
研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses212.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/sasai/
(2024年01月26日掲載)