研究成果の紹介
「超硫黄分子」の寿命延長効果を発見
~新たなサプリメントや健康法の開発に期待~
「超硫黄分子」の寿命延長効果を発見
~新たなサプリメントや健康法の開発に期待~
【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑一裕)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域の西村 明 助教(兼・研究推進機構)、研究推進機構の髙木博史 特任教授、東北大学大学院医学系研究科の赤池孝章 教授らの共同研究グループは、「超硫黄分子(注1)」が、酵母の寿命を制御していることを発見しました。今回、明らかになった酵母に対する寿命の制御機構は、ヒトを含む高等生物に広く保存されていると予想されることから、超硫黄分子の利用が老化予防や健康寿命の延長などに貢献すると期待されます。
本研究成果は、2024年1月3日付けで国際学術誌 Redox Biology に掲載されました。
【論文情報】
タイトル : Longevity control by supersulfide-mediated mitochondrial respiration and regulation of protein quality
(超硫黄分子はミトコンドリアのエネルギー代謝とタンパク質品質管理を制御し、寿命に関与している)
著者:西村 明 a, b、Yoon Sunghyeona、松永 哲郎 a、井田 智章 a, c、Jung Minkyunga、緒方 星陵 a、守田 匡伸 a、吉武 淳 a、海野 雄加 a、Barayeu Uladzimira、高田 剛 a、髙木 博史 b、 本橋 ほづみ d、van der Vliet Alberte a、赤池 孝章 a
a 東北大学・大学院医学系研究科、b 奈良先端科学技術大学院大学・先端科学技術研究科、c 大阪公立大学 研究推進機構、d 東北大学・加齢医学研究所、e バーモント大学・医学部
責任著者:西村 明、赤池 孝章
掲載誌:Redox Biology、DOI:10.1016/j.redox.2023.103018
【解説】
研究背景
超高齢社会に突入した日本において、健康寿命の延長は最重要課題の一つです。これまでに、カロリーやアミノ酸のメチオニンを制限することによって、健康寿命が延長されることが提唱されています。しかし、これらの方法は個人差が大きいことや、再現性が乏しいなどの問題があり現実的な方法ではありません。
東北大学大学院医学系研究科の赤池孝章 教授らは、生体内に「超硫黄分子」が多量に存在することを10年ほど前に発見しており、その科学特性と生理作用の解明に向けた研究を行ってきました。超硫黄分子は硫黄が重合・連結(カテネーション)したポリスルフィド構造を有する硫黄代謝物であり、生体内における酸化・還元の両方の反応を担うユニークな活性分子として注目されています。本研究では、西村明 助教が中心になって超硫黄分子が生体の恒常性維持に関与すると推測し、酵母を研究対象にして寿命への関与を解析しました。
研究結果
真核生物のモデルである出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)を用いて、超硫黄分子を合成できない変異株を作製しました。この変異株を詳細に解析した結果、酵母の寿命が大幅に短くなることを発見しました。その原因を解析したところ、超硫黄分子は、小胞体内のタンパク質の制御に関わる酵素「プロテインジスルフィドイソメラーゼ(PDI)」(注2)の酸化・還元活性に必須であり、小胞体内タンパク質の品質管理を担っていることが判明しました。また、超硫黄分子はミトコンドリアのエネルギー代謝(注3)の維持に関与することも分かりました(図1)。さらに、超硫黄分子を外部から添加することで、酵母の寿命が延びることも見出しました。以上より、超硫黄分子は生命の恒常性を維持する上で極めて重要な分子であることが示唆されました。
図 1 超硫黄分子による酵母の寿命制御
超硫黄分子は、構造異常タンパク質が蓄積して起きる小胞体ストレス(注 4)の低減やエネルギー代謝の亢進を介して、寿命制御に関与している。つまり、超硫黄分子を摂取することで、健康寿命の促進や寿命に関連した疾患の予防に繋がる可能性がある。
【今後の展開】
超硫黄分子による寿命制御機構は、ヒトを含む高等生物にも高度に保存されていることが予想されます。このため、超硫黄分子をサプリメントなどから摂取することで、健康寿命の延長や老化に関連する疾患の予防にも繋がると期待できます。今後は超硫黄分子による寿命制御の基本メカニズムを明らかにし、科学的エビデンスを蓄積することで、超硫黄分子が拓く未来型医療の社会実装へと展開していきます。
【用語解説】
(注1)超硫黄分子(supersulfides):ポリスルフィド構造を分子内に有する硫黄代謝物の総称。硫黄原子が直鎖状に複数連結(カテネーション)したポリスルフィド構造により、求核性と親電子性を兼ね備え、多彩な生物活性を示す。
(注2)プロテインジスルフィドイソメラーゼ(PDI):酸化・還元反応を介して、小胞体内タンパク質の品質管理に関与する酵素。
(注3)ミトコンドリアのエネルギー代謝:ミトコンドリアは、細胞の生命活動に必要なエネルギー源であるアデノシン三リン酸(ATP)を産生する細胞内小器官。エネルギー代謝は、ATP を産生・利用する仕組みのこと。加齢に伴い、ミトコンドリアのエネルギー代謝は低下すると言われている。
(注4)小胞体ストレス:細胞内小器官の 1 つである小胞体におけるタンパク質制御機能が不全になり、小胞体内に構造異常タンパク質が蓄積する状態のこと。小胞体ストレスは細胞死に繋がるため、小胞体内タンパク質の恒常性維持は極めて重要である。
【微生物インタラクション研究室】
研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses313.html
研究室ホームページ:http://www.naist.jp/iri/takagi/#3
(2024年01月19日掲載)