NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

麹菌により新たな PET(難分解性プラスチック)分解酵素を生産安定で高活性な酵素により、PET フィルムの分解に成功

麹菌により新たな PET(難分解性プラスチック)分解酵素を生産安定で高活性な酵素により、PET フィルムの分解に成功

 国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学(学長・塩﨑一裕、奈良県生駒市)の吉田昭介教授(所 属:先端科学技術研究科バイオサイエンス領域)と、月桂冠株式会社(社長・大倉治彦、本社・京都市伏見区) 総合研究所は共同研究により、日本酒などの製造に用いられる麹菌の改良株を宿主として、安定で高活性なことで 知られる PET 分解酵素変異体(以下、FAST-PETase)を新たに発現させ、その酵素を用いた PET フィルムの分 解に成功しました。

【背景】
 ペットボトルなどに用いられる PET 樹脂は難分解性プラスチックの一つであり、環境汚染を引き起こす要因となっています。プラスチックを原料まで戻してリサイクルする技術の一つはケミカルリサイクル法であり、廃棄物をほとんど出さず  に資源を繰り返し利用できることから、近年では循環経済型リサイクル法として注目を集めています。PET  についてはケミカルリサイクル技術が確立されていますが、より環境負荷を低減させる可能性のある PET 分解酵素(以下、PETase)によるリサイクル技術の開発が注目されています。この技術には、安定で高活性な PET 分解酵素(以下、PETase)が大量に必要となります。

【安定で高活性なPET 分解酵素「FAST-PETase」を麹菌で生産、PET 分解を検証】
 これまで、PET 分解酵素の知見・技術をもつ奈良先端大(PETase の性能評価を担当)1)と、麹菌の酵素生産技術をもつ月桂冠(麹菌の育種と PETase 生産を担当)で、2020 年から共同研究を継続してきました。その取り組みとして、遺伝子を工夫することにより麹菌での PETase の生産に初めて成功したことを報告しました(2022 年 3 月 9 日)。しかし、生産された PETase は、糖鎖(糖類が連結した分子)の付加により、その働きに悪影響を与える場合があり、それが要因となって「低活性型」であったため、糖鎖を除去する酵素を生産させるよう工夫をした麹菌を育種 2)することにより「高活性型」PETase の生産に成功したことを報告しました(2022 年 10 月 13 日)。

 近年、PETase を改良し、安定性や酵素分解活性を向上させた酵素FAST-PETase3)について報告されています。FAST-PETase は、PETase と比較して、熱に対する安定性と共に、分解活性などが向上した特長を持っています。そこで今回、さらに研究を進め、これまで開発してきた技術をもとに FAST-PETase の生産と、この酵素によるPET フィルムの分解に取り組みました。

今回の取り組みと成果は次の通りです。
(1) FAST-PETase を麹菌で生産させるために、遺伝子の工夫と糖鎖除去する麹菌育種を行って FAST- PETase を生産した。
  A)    遺伝子の工夫:FAST-PETase を生産させるために、FAST-PETase の遺伝子の塩基配列を改変することにより欠損や短縮が起きない正常な mRNA を生産させた。
  B)    糖鎖除去する麹菌の育種:糖鎖が除去された FAST-PETase を生産するために、糖鎖除去する酵素の遺伝子と、FAST-PETase の遺伝子とを麹菌に導入・育種した。

(2) 麹菌で生産した FAST-PETase を用いて PET フィルムをほぼ分解できた。反応前は丸く透明なフィルムの形状をしていたものが、反応が進むにしたがって表面が白濁しはじめて部分的に穴が開くなどの様子が観察された。14 日間の反応後は、フィルムの外縁部を残してほぼ分解することがわかった。

 今回の取り組みにより、麹菌で生産した FAST-PETase を用いて PET フィルムの分解実験を行い、成功させることができました。今後は麹菌が生産した酵素の特性についての詳細の検証や、さらなる高生産方法の検討について研究を進めていきます。

引用文献
1)Yoshida S. et al., Science (2016), doi: 10.1126/science.aad6359. 
2)Li Q. et al., J Biosci Bioeng (2020), doi: 10.1016/j.jbiosc.2019.12.006.
3)Lu H. et al., Nature (2022), doi: 10.1038/s41586-022-04599-z.

【学会での発表】
 今回の研究成果は、「麹菌 Aspergillus oryzae による耐熱型 PET 分解酵素の発現」と題して、2023 年度日本生物工学会大会(会期 2023 年 9 月 3 日~5 日)で、9 月 4 日に発表しました。なお、当該の発表は、話題性のある研究発表として「大会トピックス」に選出されました。

学会名: 2023 年度日本生物工学会大会(主催:公益社団法人日本生物工学会)
日時: 2023 年 9 月 4 日 17 時 06 分~17 時 18 分
会場: 名古屋大学 東山キャンパス
演題: 麹菌 Aspergillus oryzae による耐熱型 PET 分解酵素の発現
発表者: ○戸所健彦 1,伊出健太郎 1,佐貫理佳子 3, 河野恵美 2,吉田昭介 2,石田博樹 1(1 月桂冠・総研, 2 奈良先端大, 3 京工繊)(○印は演者)

【各研究機関概要】
・国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学
先端科学技術の基盤となる情報科学、バイオサイエンス及び物質創成科学の研究領域に加え、これらの融合領 域において世界レベルの先進的な研究を推進し、更なる深化と融合、そして新たな研究領域の開拓を進めています。最先端の研究成果に基づく体系的な教育を通じて、世界と未来の問題解決や先端科学技術の新たな展開を担う「挑戦性、総合性、融合性、国際性」を持った人材を育成し、もって科学技術の進歩と社会の発展に貢献します
(学長=塩﨑一裕、所在地=〒630-0192 奈良県生駒市高山町 8916 番地の 5)。

・月桂冠総合研究所
1909(明治 42)年、11 代目の当主・大倉恒吉が、酒造りに科学技術を導入する必要性から業界に先駆けて設立した「大倉酒造研究所」が前身。1990(平成 2)年、名称を「月桂冠総合研究所」とし、現在では、酒造り全般の基礎研究、バイオテクノロジーによる新規技術の開発、製品開発まで、幅広い研究に取り組んでいます(所長=石田博樹、所在地=〒612-8385 京都市伏見区下鳥羽小柳町 101 番地)。

【環境微生物学研究室】
研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses312.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/ssk-yoshida/

 

(2023年09月12日掲載)

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