NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

植物が切断されても、傷口を修復してつなげる仕組みを解明
オーキシンが再生遺伝子を活性化して細胞塊形成
接ぎ木など園芸や食料増産に期待

植物が切断されても、傷口を修復してつなげる仕組みを解明
オーキシンが再生遺伝子を活性化して細胞塊形成
接ぎ木など園芸や食料増産に期待

【概要】
 奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑 一裕)先端科学技術研究科バイオサイエンス領域の池内 桃子特任准教授(理化学研究所環境資源科学研究センター客員研究員)、新潟大学理学部の田中 隼人(研究当時学部 4 年生)、帝京大学理工学部バイオサイエンス学科の朝比奈 雅志准教授、理化学研究所環境資源科学研究センターの杉本 慶子チームリーダー(東京大学大学院理学系研究科教授)らの研究グループは、モデル植物のシロイヌナズナを使い、葉と茎をつなぐ葉柄という棒状の器官を切り離したときに生じる 2 つの切断面について、それぞれ傷口修復のためのカルス(細胞塊)を形成するものの、両者の活性は著しく異なるという再生力の機構に関わる重要な現象を発見しました。活発な方の切り口には、成長を促進する植物ホルモンのオーキシンが多く蓄積し、カルス形成の遺伝子を働かせる転写因子 (WOX13) を特異的に活性化しているという原因の一端を解明しました。今後、効率的な接ぎ木技術の開発など農業や園芸分野への応用展開が期待されます。
 この研究成果は、日本植物生理学会が発行する国際学術誌である「プラント・アンド・セル・フィジオロジー」誌のオンライン版に 2022 年 10 月 20 日(木)11 時に公開されました。(DOI:10.1093/pcp/pcac146

【池内特任准教授のコメント】

当研究室で最近発見した重要な再生遺伝子であるWOX13について、今回の研究ではオーキシンによる制御を受けていることを見出すことができました。器官を切断した際にできる2つの切り口でカルスのでき方が違う点に、学生さんが着目して解析を進めたことで今回の成果を得ることができました。注意深く観察し、深く考えながら実験を進めることの大切さを改めて実感しました。現在、WOX13が接ぎ木以外の再生現象も制御していることも見出しているので、今後の研究でさらに明らかにしていきたいです。

 

 

【背景と目的】
 植物は茎や葉柄など器官の一部が切断した際に、つなげて元通りにする再生能力を持っています。傷口では、細胞が切断刺激を感受すると細胞分裂や細胞伸長が活性化したり、細胞の運命転換が起きたりします。これまでの研究では、このような傷害刺激により速やかに発現が誘導される遺伝子群(WIND1-4)が細胞の初期化に必要な遺伝子であることが見いだされています。さらに池内特任准教授らが WIND1 によって制御を受ける傷害誘導性の遺伝子群の解析を進めた結果、2022 年に新たな制御因子として WUSCHEL- RELATED HOMEOBOX 13 (WOX13)を同定。この WOX13 はカルスの成長を促進するだけでなく、接ぎ木の技術で器官が再接着するときに必要不可欠であることを報告していました。このように傷害刺激によって引き起こされる現象については解明が進んできましたが、器官の切断によって分布が変化する植物ホルモンなど長距離を移動するシグナルが組織修復と器官再接着にどのように関与しているのかについてはこれまで明らかになっていませんでした。

【研究手法と成果】
 葉柄を切断して傷口に形成されるカルスについて研究を進めていた中で、器官を切断したときに 2 つの切り口で形成されるカルスのサイズが著しく異なっていることに気づきました(図 1)。切断上部の方が、活発にカルス形成が起こっていたのです。同様に、葉柄を用いた接ぎ木実験系においても、接ぎ面上部からより活発にカルスが形成されていることが分かりました。局所的な傷シグナルは切断上部でも下部でも同様に活性化されるはずですが、カルス形成の大きさに違いがあるということは、切断によって葉柄の縦方向に何らかの極性が生じていることが想定されます。

 そこで、切断上部と下部の違いを生み出している原因について調べました。植物ホルモンであるオーキシンは葉から基部に向かって極性輸送されることが知られていることから、組織内のオーキシンを定量したところ、切断数時間後のオーキシン濃度は切断上部の方が高まっていました。また、オーキシンに応答して発現する遺伝子の発現レベルが接ぎ面上部で特異的に高まっていることを見出しました。
 さらに、オーキシンが一方向に流れる極性輸送の阻害剤を用いて処理する実験を行ったところ、切断上部からのカルス形成が著しく抑えられ、反対に切断下部にオーキシンを塗布する実験を行うとあたかも切断上部のように活発なカルス形成を引き起こすことができました(図 2)。このことから、切断上部と下部の違いを生み出しているのはオーキシン量の違いであると結論づけました。

 次に WOX13 の関与について検討しました。オーキシンを無傷の植物あるいは切断した葉柄に投与する実験を行ったところ、WOX13 の発現が活性化されることが明らかになりました。逆に葉をオーキシン極性輸送阻害剤で処理すると切断上部における WOX13 の発現が著しく低下したことから、切断上部で活発にWOX13 が発現するのはオーキシン蓄積によるものであることが分かりました。
 このような実験結果を踏まえて、次のような切断面のカルス形成モデルを提唱しています(図 3)。器官が切断されると局所的な傷害応答が活性化されるとともに、葉から茎へと長距離を移動するシグナルであるオーキシンが途中でせき止められて切断上部ではオーキシンが蓄積する一方で、切断下部ではオーキシン濃度が低くなります。このため、WOX13 は傷害刺激とオーキシン応答の双方がともに高まる切断上部においてより強く発現し、それが活発なカルス形成による組織修復と器官の再接着を可能にしていると考えられます。

【今後の展開】
 オーキシンシグナルを受容した細胞が、どのように WOX13 の発現を活性化しているのかという詳細な機構は現時点では明らかになっておらず、今後の研究の課題です。また、転写制御因子である WOX13 がどのようにカルス形成を活性化して器官を再接着させているのかについても、今後の研究でさらに明らかにしていきたいと考えています。接ぎ木は農業分野に欠かせない基盤技術ですので、そのメカニズム解明を進めることで園芸や食料生産などの有効な技術開発につなげられることが期待できます。

【用語解説】
オーキシン:植物の個体発生や形態形成、細胞分裂制御において重要な役割を果たす植物ホルモンの一種。
極性輸送:一方向的に輸送されること。
カルス:器官の切断やホルモン処理などの刺激に応答して形成される細胞の塊のこと。

【植物再生学研究室】
研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses117.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/ikeuchi/

(2022年10月24日掲載)

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