NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

根の先端の細胞がスムーズに剥がれ落ちる仕組みを解明
-オートファジーが細胞を作り変えていた-

根の先端の細胞がスムーズに剥がれ落ちる仕組みを解明
-オートファジーが細胞を作り変えていた-

【概要】
 奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑 一裕)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域の植物発生シグナル研究室 中島 敬二教授、郷 達明助教らの研究グループは、神戸大学大学院理学研究科 深城 英弘教授、香港中文大学 Byung-Ho Kang(カン・ビョンホ)准教授らと共同研究を行い、植物の根の先端を覆う根冠(こんかん)という組織の最外層の古い細胞が自ら剥がれ落ちて根の成長を促し、土壌の環境にも影響を与えるという仕組みについて、「オートファジー」という細胞の自己分解システムが細胞の内部構造を作り変えることにより、剥離様式を精密に調節していることを明らかにしました。
 今回、研究グループは独自に開発した特殊な顕微鏡技術を駆使し、根冠細胞が剥離するまでの細胞の変化を詳細に観察したところ、剥離の直前にオートファジーのシステムが働き、細胞内の構造を劇的に作り変えることを突き止めました。さらに、このオートファジーによる細胞の作り変えが、根冠細胞の精密な剥離に重要な役割を担っていることを明らかにしました。根冠は成長する根の最前線にあり、根端を保護するほか、重力を感じたり、代謝物を分泌したりする細胞が機能ごとに順に層をなして積み重なり、また、最外層の剥離する細胞を通じて土壌の性質を作り変えるなどの重要な役割を担っています。根冠細胞の働きや剥離を制御する仕組みを解明した本研究成果は、植物の成長力向上や土壌環境の改善にもつながるものです。

この研究成果は、英国の発生生物学の専門誌「DEVELOPMENT(デベロップメント)」にて発表されました。また、掲載号の巻頭のRESEARCH HIGHLIGHTSで注目論文として取り上げられるとともに、著者インタビューとしても紹介されました。

掲載論文(オープンアクセス)
https://journals.biologists.com/dev/article/149/11/dev200593/275720/
RESEARCH HIGHLIGHTS
https://journals.biologists.com/dev/article/149/11/e149_e1104/275724/
著者インタビュー
https://journals.biologists.com/dev/article/149/11/dev200926/275679/

【解説】
 植物の根の先端は、根冠(こんかん、Root cap)と呼ばれる層状の組織に覆われています。根冠は、根端の分裂組織を保護するとともに、重力方向の感知や、代謝物の分泌を通じて植物の成長や土壌環境との相互作用に重要な役割を果たしています。根冠では、最も内側の層で新しい細胞が作られ、最も外側の層で細胞が自発的に剥離することで、構成細胞が常に入れ替わっています(用語解説、図4)。これは植物の組織としては非常にユニークな性質です。この入れ替わりの過程で順次外側へと押し出された細胞は、根冠内での位置に応じて異なる働きを持つ細胞に作り変えられます。根冠中央部(コルメラ)の細胞は、根冠の内側では重力を感知する働きを持ちますが、外側に移るとその機能を失い土壌への分泌に働きます。働きの異なる根冠細胞では、細胞内の構造に大きな違いがあることが電子顕微鏡観察で分かっていましたが、細胞の働きが転換する過程で、細胞内の構造がどのように作り変えられてゆくのか、また、細胞の位置や剥離とどのような関係にあるのかは、分かっていませんでした。
 研究グループは、成長を続ける根の先端を自動的に追尾することができる「水平光軸型動体トラッキング共焦点顕微鏡」を開発し、モデル被子植物であるシロイヌナズナの根冠細胞の構造や動きを精密に経時観察しました。この観察から、重力感受細胞が分泌細胞に転換し、その後、剥離に至る一連の過程において、細胞内の構造が劇的に再構成されることを突き止めました。また、細胞内の主要な自己分解システムであるオートファジーが、根冠の最外層細胞でタイミング良く活性化することで、細胞内の再構成を促進し、それに続く精密な剥離を調節する役割を担っていることを明らかにしました。
 オートファジーは、真核生物(動物、植物、酵母など、細胞内に核を持つ生物)が普遍的に持つ細胞内分解機構ですが、これが植物の組織形成に果たす役割はほとんど分かっていませんでした。本研究は植物の発生過程におけるオートファジーの働きを明確に示したのみならず、外界と接する根の先端で絶えず繰り広げられるミクロな変化を明瞭に可視化し、その分子機構を明らかにしたもので、基礎・応用の両面において重要な成果です。

【背景と目的】
 根冠は、植物自身の成長と生態系の維持に重要な役割を担っていますが、土壌と接する根の最前線に位置するために常に生理的・物理的なストレスに曝されており、自身の古い細胞を新しい細胞へと常に入れ替えることで、組織としての生理活性を維持しています。
 モデル被子植物であるシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の根冠は、中央の「コルメラ」とその周りを囲う「側部根冠」の2つの領域からなり、それぞれが5〜6の細胞層から構成されます。最も内側に根冠細胞の元となる細胞(始原細胞)の層があり、これらの分裂によって新しい細胞層が供給されます。これに伴って古い細胞層は順次外側へと押し出され、最外層に達した細胞は細胞死と剥離により除去されます(用語解説、図4)。根冠を構成する細胞は、この細胞層の供給と除去のバランスにより常に入れ替わっています。
 シロイヌナズナの根冠細胞では、内側と外側の細胞内構造に大きな違いがあることが電子顕微鏡観察などから報告されています。根冠中央部のコルメラでは、内側の細胞層は、多量のデンプン顆粒を含む大きなアミロプラスト(細胞小器官の一種)を発達させ、その沈降方向により重力を感知しています。一方で、最外層では大きなアミロプラストは失われ、代わりに分泌小胞が蓄積するとともに、細胞体積のほとんどは不要物の分解を担う液胞が占めるようになります。このような細胞内構造の違いは、重力感受細胞と分泌細胞の機能の違いを反映していると考えられています。しかし、根冠細胞がどのようにしてその細胞内構造や機能をダイナミックに変化させるのか、また、それを制御する機構や細胞剥離との関係については明らかになっていませんでした。

【実験の結果】
 本研究では、まず根冠細胞の経時的な変化を観察するための顕微鏡システムを構築しました。シロイヌナズナの根は、1時間に約0.2〜 0.4 mmの速度で重力に従って下方へ成長します。このような根の成長を自然な状態で観察するため、顕微鏡全体を90度横に倒して架台に固定し、観察ステージに植物体を垂直に置くことができるようにしました。さらに根の伸長に伴って移動する根端を自動的に追尾する機能を導入しました。「水平光軸型動体トラッキング顕微鏡」と名付けたこのシステムにより、根冠細胞やその内部の変化を、最大で5日間に渡って経時的に観察することが可能になりました。
 この顕微鏡システムを用い、コルメラ細胞が重力感受細胞から分泌細胞へと変化し、その後剥離に至る過程を詳細に観察しました。その結果、最も外側の層が剥離すると、内側に接していた次の細胞層でアミロプラストが縮小するとともに、液胞が急拡大して細胞体積のほぼ全体を占めるようになり、その直後に剥離が起きることが明らかになりました(図1)。このことから、根冠の外側の細胞層では位置に応じた機能の転換が迅速に進行し、この過程が後の細胞剥離とも連動していることが明らかになりました。


図1 根冠細胞の内部構造の変化
右上の数字は最外層の剥離時点を0hとした相対経過時間。重力感受に働くアミロプラスト(細胞内に見える粒子状の構造)は、内層では下方に沈降しているが(水色三角印)、外層では中央付近に浮き上がっている(濃青三角印)。最外層の剥離に先立ち(0.5h)、外から2番目の細胞層でアミロプラストが浮上する。最外層では剥離に先立ってアミロプラストが消化され、細胞のほぼ全体が液胞で占められる(緑色三角印)。

 さらに、コルメラ細胞の急激な液胞化には、細胞内の自己消化機構であるオートファジーが関わることが示唆されました。オートファジーは進化的に保存された真核細胞の自己消化システムであり、細胞質成分やオルガネラを独特の小胞で液胞に輸送して分解することで、栄養分の再利用や細胞の恒常性を維持しています。この仮説を検証するため、まずオートファジーで中心的に働くタンパク質(ATG8aタンパク質)をGFP(緑色蛍光タンパク質)で可視化できる植物体を使い、根冠におけるオートファジー活性の状態を調べました。このタンパク質は、通常は細胞質に局在していますが、オートファジーが活性化すると、オートファゴソームと呼ばれる小胞に局在します。観察の結果、細胞層の剥離に先立って、根冠の最外層で特異的にオートファゴソームが形成されることを確認しました(図2)。


図2 根冠最外層におけるオートファジーの活性化
根冠最外層において、剥離に先立ってATG8a-GFPで標識されるオートファゴソームが形成される(白色三角印)。-1.5hの拡大写真ではオートファゴソームに典型的なドーナツ型のシグナルが見える。

 

 次に、オートファジーを制御するATG5遺伝子を欠損する変異体(atg5-1)を観察しました。その結果、atg5-1変異体の根冠では、野生型の根冠で見られる細胞質の縮小や液胞化などの細胞内構造の再構成が抑制されることを見出しました(図3)。興味深いことに、atg5-1変異体では根冠細胞間の接着が過剰に緩んでおり、野生型で見られるような層状の剥離ではなく、個々の細胞がバラバラに脱離していました。これらの結果から、オートファジーが根冠最外層の機能転換や剥離の準備期に特異的に活性化するようにプログラムされていること、また、オートファジーの活性化によって根冠細胞の内部構造の作り変えや、それに続く精密な剥離が制御されていることが明らかになりました。


図3 根冠最外層の剥離動態の経時観察
野生型植物の根冠最外層は層状の構造を保ったまま剥離するが(白色三角印)、オートファジーを欠損する変異体の根冠細胞は個別に脱離する(橙色三角印)。

【今後の展開】
 本研究では、根の先端にある根冠の細胞が、内部の構造を劇的に変化させながらその機能を転換し、生きた細胞の剥離へと進むこと、また、この過程に発生的にプログラムされたオートファジーが重要な役割を果たすことを明らかにしました。植物はオートファジーを欠損しても比較的正常に成長することから、オートファジーが細胞レベルの分化や機能に果たす役割はほとんど知られていませんでした。本研究成果は、植物の定常的な成長過程におけるオートファジーの役割を明らかにした点で大きな意義をもちます。一方で、根冠細胞の剥離に先立って、オートファジーが局所的かつ最適なタイミングで活性化される仕組みの解明は今後の課題です。
 本研究では、オートファジーを欠損する変異体の根冠細胞の剥離が亢進することも明らかとなりました。植物の細胞をスムーズに剥離させるには、細胞同士を連結している細胞壁を適切に改変することが必要です。細胞内の分解システムであるオートファジーが、細胞外にある細胞壁の改変に関わることは非常に興味深く、これは今後の研究で解き明かすべき重要な課題です。

【用語解説】
根冠(図4):根の先端にペンのキャップのようにはまっている組織で、植物の根には必ず存在します。根冠は根端にある分裂組織(根を伸長させるために活発に分裂する細胞の集まり)を覆って物理的に保護しています。根冠の中央には重力感受細胞があり、この細胞の中で平衡石(デンプンを蓄えた比重の重い細胞内小器官)が沈むことで重力方向を感じています。根冠の一番外側の細胞は分泌機能に特化しており、土壌中に代謝産物を分泌していると考えられています。最外層細胞の一部はプログラム細胞死をしますが、多くは生きたまま剥離して土壌中に分散します。細胞内に蓄積されていた有機物は土壌微生物に利用されるため、根冠の剥離は大気から土壌へ炭素の還流にも重要な役割を果たしています。


図4 シロイヌナズナの根冠組織
 

オートファジー:真核細胞が、タンパク質やオルガネラ(細部内小器官)など自らの内部にある要素を分解するシステム。栄養飢餓などの際に活性化して、不要なタンパク質やオルガネラを分解して栄養分を生み出し、自身の生存のために再利用する役割が良く知られている。オートファジーを制御するATG遺伝子群は動植物をまたいで真核生物に広く保存されている。

【論文情報】
タイトル:Autophagy promotes organelle clearance and organized cell separation of living root cap cells in Arabidopsis thaliana
(オートファジーがシロイヌナズナの生きた根冠細胞のオルガネラの除去や精密な剥離を促進する)

著者:Tatsuaki Goh1†¶、Kaoru Sakamoto1†、Pengfei Wang2、Saki Kozono1、Koki Ueno1、Shunsuke Miyashima1、Koichi Toyokura3、Hidehiro Fukaki3、Byung-Ho Kang2、Keiji Nakajima(郷達明1†¶、阪本薫1†、ワン・ポンフェイ2、小園紗希1、上野皓輝1、宮島俊介1、豊倉浩一3、深城英弘3、カン・ビョンホ2、中島敬二)
1奈良先端科学技術大学院大学、2香港中文大学、3神戸大学、共同第1著者、共同責任著者

掲載誌:Development 
DOI: https://doi.org/10.1242/dev.200593
掲載日時:2022年6月16日 (4月29日オンライン掲載済)

【植物発生シグナル研究室】
研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses110.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/nakajima/

 

 

 

 

(2022年06月22日掲載)

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