NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

植物が光環境に応答して適切に道管細胞をつくる仕組みを解明 複数の遺伝子が役割分担、芽生えの制御も ~作物の水輸送能力強化による生産性向上に期待~

植物が光環境に応答して適切に道管細胞をつくる仕組みを解明
複数の遺伝子が役割分担、芽生えの制御も
~作物の水輸送能力強化による生産性向上に期待~

【概要】

 奈良先端科学技術大学院大学(学長:横矢直和)バイオサイエンス研究科の出村拓教授、大谷美沙都助教らの研究グループは理化学研究所(理事長:松本紘)との共同研究により、植物が光環境に応答し、水を運ぶために使う細胞として道管細胞をつくるしくみの一端を解明しました。

 維管束植物は、水を運ぶことに特化した道管細胞によって、土中から吸い上げた水を全身へと送り届けます。これまで、この道管細胞は、VNDファミリーと呼ばれる転写因子※1群に含まれる複遺伝子のはたらきによってつくりだされることが分かっていました。しかしながら、VNDファミリー群はモデル植物シロイヌナズナでは7遺伝子、イネでは8遺伝子、トウモロコシでは6遺伝子、と複数個の遺伝子を含んでおり、それぞれ遺伝子間で役割分担があることが予想されていましたが、その実態については未解明のままでした。

 本研究では、新たに、植物ホルモン※2添加によって葉の細胞を道管細胞へと転換させるシステム『KDBシステム』※3の確立に成功しました。そしてこのシステム内での遺伝子の働きを調べることによって、これまで役割が分かっていなかったVND1〜VND3の3遺伝子が、子葉※4の道管細胞をつくる主要な遺伝子であることを明らかにしました。さらにこれら3つの遺伝子は、暗所で育てたときの子葉の道管形成に必須であることが分かる一方で、光条件に応答した芽生えの成長の制御を行っていることも示されました。このようにVNDファミリー内の遺伝子間の役割分担を初めて明らかにするとともに、植物は特定のVND遺伝子のはたらきを通して、光環境に応答した道管づくりを行っているという、新たなしくみが解明されました。

 この成果は米国の植物生理学会の学会誌であるPlant Physiology誌オンラインサイトに11月13日付で掲載されました。

【解説】

 植物は進化の過程で、水を輸送することに特化した水輸送細胞を生み出すことで、乾燥した陸上での生育への適応に成功してきました。今日、私たちの身の回りに多く存在する維管束植物は、もっとも水輸送効率の高い道管をもつ植物種です。これまでに、道管細胞はVNDファミリーと呼ばれる転写因子群の活性化によってつくられることが分かっていました。興味深いことに、多くの維管束植物種では、VNDファミリー群には複数個の遺伝子が含まれています。この事実は、植物は複数のVND遺伝子を準備しておくことによって、道管をつくる分子システムの安定性を保っている、と理解されてきましたが、それと同時に、VND遺伝子の間でなんらかの役割分担があるのではないかとの予想も立てられてきました。今回の研究によって、VND遺伝子の中の特定の3遺伝子(VND1〜VND3)が子葉の道管形成の主要制御因子であり、さらには光環境に応答した芽生えの発生を制御する特別な機能をもっていることが示され、複数のVND遺伝子は単なるバックアップではなく、それぞれ異なる役割をもっていることが初めて明らかとなりました。

【実験の手法・結果】

 今回の研究では、VNDファミリー遺伝子群の機能解析を進めるために、新たに葉の細胞を道管細胞へと転換させるシステム『KDBシステム』を開発しました。この『KDBシステム』では、植物ホルモンであるオーキシン、サイトカイニン、ブラシノステロイドを、モデル植物シロイヌナズナの芽生えから切り取った子葉(あるいは本葉)に添加することで、葉の細胞の多くを道管細胞へと転換させることができます(図1)。このシステムを用いて、植物ホルモン添加後、どういった遺伝子の発現が変化するのかを次世代シーケンサーを用いたトランスクリプトーム解析で調べたところ、VNDファミリー遺伝子の中でもVND1〜VND3遺伝子がとくに高発現していることが分かりました。そこでこれらVND1〜VND3遺伝子すべての機能が低下した3重変異体の子葉を用いて『KDBシステム』による植物ホルモン処理を行ったところ、道管細胞の形成が観察されなくなりました。つまり、『KDBシステム』は7つあるVND遺伝子のうち、VND1〜VND3の3遺伝子のはたらきによって、道管細胞をつくりだしていることが分かりました。

 また、VND1〜VND3遺伝子の機能が低下したvnd1 vnd2 vnd3の3重変異体の子葉を詳しく調べると、連続光条件下では正常に道管をつくるものの、暗黒条件下で育てると、発芽後に新たな道管がつくられないことが分かりました(図2)。さらに芽生えの生育の途中で弱光条件から通常光条件へと光環境を変えると、通常は芽生えの成長が大きく回復しますが、3重変異体では回復が鈍く、光条件変化に対応できないことが分かりました。こうした結果は、VND1〜VND3の3遺伝子が光という環境刺激を道管形成へと反映させる役割をもっていること、さらには芽生えの発生・成長制御において重要であることを示唆しています。

【本研究の意義】

  今回の研究により、植物が発生のごく初期の段階で、特定のVND遺伝子のはたらきを介して環境条件に適した道管をつくりだし、自らの成長を積極的に環境に調和させていることが分かってきました。これは、植物の成長制御システムを理解し、より環境に適した新たな作物育種への展開を考える上で重要な発見です 。

  本研究をさらに発展させることにより、水輸送能力の強化による作物の生産性向上につながる可能性があります。さらに、道管細胞は近年注目されている次世代型資源である木質バイオマスを生み出す源でもあることから、今後の研究によって木質バイオマス増産や利活用性向上に役立つ技術への展開も期待されます。

 【解説図】


図1 新たに開発した『KDBシステム』

(A)KDBシステムの概略図。カイネチン(Kinetin)、2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-Dichlorophenoxyacetic acid)、ブラシノライド(Brassinolide)の3つの植物ホルモンを播種後6日目のシロイヌナズナ子葉に与えて培養することで、葉の細胞を道管細胞へと高効率で転換させることができる。(B)(左)KDBによって葉の細胞からつくられた道管細胞。細胞壁成分セルロースを染色して蛍光像観察している。(右)シロイヌナズナ花茎の道管細胞。KDBシステムによって、道管細胞に特徴的なパターン化細胞壁をもった細胞がつくられていることがわかる。


図2 暗黒下で育てた芽生えの子葉の道管の様子

野生型とVND1〜VND3遺伝子の機能が低下したvnd1 vnd2 vnd3の3重変異体を暗黒条件下で育てると、野生型では、発芽後に形成されるループ状の道管(左:写真では白い筋として観察される)が観察されるものの、3重変異体では見られない(右)。

【掲載論文】

タイトル:Transcription factors VND1-3 contribute to cotyledon xylem vessel formation
(和訳:転写因子VND1-3は子葉の道管形成に寄与する)

著者:Tian Tian Tan1, Hitoshi Endo1, Ryosuke Sano1, Tetsuya Kurata1, Masatoshi Yamaguchi2, Misato Ohtani1,3*, and Taku Demura1,3*
所属:1奈良先端科学技術大学院大学,2埼玉大学,3理化学研究所

掲載誌:Plant Physiology

【用語解説】

※1:転写因子
遺伝子の発現を高めたり、抑えたりする役目をもつタンパク質のこと。その標的になる遺伝子の機能を制御するスイッチとして働く。

※2:植物ホルモン
植物によって生産される低分子化合物で、植物の発生や成長を微量で調節する活性をもつ有機化合物のこと。オーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシジン酸、ブラシノステロイド、エチレンなどが知られており、合成植物ホルモンは農薬としても利用されている。

※3:KDBシステム
本研究によって新たに開発された、植物ホルモン処理によって道管細胞を誘導するシステムのこと。植物ホルモンとしてサイトカイニンの一種カイネチン(Kinetin)、オーキシンの一種2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-Dichlorophenoxyacetic acid)、ブラシノステロイドの一種ブラシノライド(Brassinolide)を用いるため、各ホルモンの頭文字をとってKDBシステムと名付けている。この3種の植物ホルモンを播種後6日目のシロイヌナズナ子葉に与えて培養することで、葉の細胞を道管細胞へと高効率で転換させることができる。

※4:子葉
種子が発芽すると最初に出てくる葉のことで、既に種子の中で形づくられている。発芽後に新たに作られる葉とは形態や性質が大きく異なることが多い。植物種によっては養分を蓄える貯蔵器官としてはたらくこともある。

【植物代謝制御研究室】

研究室紹介ページ:http://bsw3.naist.jp/courses/courses104.html
研究室ホームページ:http://bsw3.naist.jp/demura/

(2017年11月27日掲載)

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