研究成果の紹介
根端の細胞が自ら剥がれ落ちるしくみを解明
バイオサイエンス研究科・植物発生シグナル研究室の中島敬二教授らの研究グループは、理化学研究所との共同研究により、根の先端を覆う根冠組織から、生きた細胞が規則的に剥がれ落ちる仕組みを明らかにしました。根冠細胞の剥離は、根の成長のみならず、土壌環境の調節にも重要な役割を担っており、その仕組みの解明は、植物の成長力の改良や土壌環境の改善にもつながる研究成果です。この成果を掲載した論文は、11月1日(火)発行のDevelopmentに掲載されました。
中島敬二教授による研究成果の解説
図1
根冠組織は植物種によって数層から十数層の細胞層からできていますが、その作られ方には、他の組織には見られないユニークな特徴があります。それは、根冠の内側で新しい細胞が作られ、外側の細胞から順に剥離してゆくことです(図1)。このように細胞が常に入れ替わることで、根冠という根のフロントラインには常に生命力の高い細胞が配置されます。このような細胞のターンオーバーはヒトの皮膚でも見られますが、根冠が皮膚と異なるのは、外側の細胞が一定の間隔で、自発的に、しかも生きたまま剥離することです。根冠組織の外側の細胞だけが、どうして規則正しく剥がれてゆくのか、その仕組みはこれまで分かっていませんでした。
私たちの研究室では、モデル植物のシロイヌナズナにおいて根冠細胞の分化を調節するSOMBRERO (SMB) 転写因子の機能を調べていました。その過程で、SMBが別の2つの転写因子BEARSKIN1 (BRN1)とBRN2 の発現を促進することを発見しました。これらの3つの転写因子は、根冠細胞の分化や成熟を制御することが報告されていましたが、その使い分けや、標的遺伝子は分かっていませんでした。
まず私たちは、SMBが根冠全体で発現しているのに対し、BRN1とBRN2は根冠の外側の1-2層のみで発現していることを発見しました。また、SMBを過剰発現させると、BRN1とBRN2の発現領域も広がりましたが、興味深いことに、SMBを根全体で過剰発現させても、BRN1とBRN2の発現は、根の外側に露出した表皮細胞にしか広がりませんでした。このことは、根の細胞が「個体の表面にある」ことを何らかの方法で感知し、そのような「位置情報」に応じてBRN1とBRN2の発現を活性化していることを示しています。
次にこれら3つの転写因子が調節している標的遺伝子を探索し、60個の候補遺伝子を見つけました。これらの中には植物の細胞壁に作用する酵素や、細胞外への分泌に働くタンパク質をコードする遺伝子が多く含まれており、根冠細胞が担う機能とよく一致していました。実際にこれらの遺伝子の少なくともいくつかは、根冠の外側の細胞で特異的に発現していました。
当時、大学院博士後期課程に在籍していた神谷雅子さんは、細胞壁の主成分の1つであるペクチンを分解するポリガラクツロナーゼをコードする遺伝子に注目し、この遺伝子をRCPG (ROOT CAP POLYGALACTURONASE)と名付けて詳細に解析しました。ペクチンは細胞壁を構成する主要な多糖成分の1つであり、セルロース繊維の間を埋めるゲル状の物質です。ポリガラクツロナーゼはペクチンの主鎖を構成するポリマーを加水分解して切断する酵素ですから、RCPGが根冠細胞の剥離に重要な機能を果たしているのではないかと推測したのです。
図2
図3
次に神谷さんは、RCPG遺伝子の変異体(rcpg変異体)を単離し、根冠細胞の様子を野生型と比較しました。その結果、野生型植物では、根冠の最外層が大きく反り返って剥がれていたのに対し、rcpg変異体では、根冠の最外層がカップ状の外形を維持し、根端にはまったままになっていました(図3)。反対にRCPGの過剰発現体では、根冠の最外層の細胞が層構造を保持せずに、バラバラと個別に剥がれ落ちているのが観察され、これによってRCPGが細胞の剥離を促進していることが確かめられました(図3)。
以上の実験結果から、次のような一連の機構が繰り返されることが推定されます(図4)。
(1) SMBを発現している根冠細胞が、根の表面にいることを感知する
(2) その情報をもとにBRN1とBRN2転写因子が根の最外層で発現する
(3) BRN1とBRN2がRCPG遺伝子の転写を活性化してペクチン分解酵素を作る
(4) 生成したペクチン分解酵素が細胞壁に運ばれてペクチンを分解する
(5) 細胞接着が緩んで最外層の細胞が生きたまま剥離する
(6) 外から2層目にあった細胞が最外層となって(1)のステップに戻る
図4
この論文では、根冠の機能のうちでも特に細胞の剥離に焦点を絞りましたが、今回の研究では、他にも興味深い遺伝子がいくつか見つかっています。今後はこれらの働きを順次解明してゆくことで、根冠細胞の様々な機能が、どのように発揮されるかを明らかにできると期待しています。
【論文情報】
タイトル:
Control of root cap maturation and cell detachment by
BEARSKIN transcription factors in Arabidopsis
Masako Kamiya, Shin-ya Higashio, Atsushi Isomoto,
Jong-Myong Kim, Motoaki Seki, Shunsuke Miyashima, and Keiji Nakajima
Development 143: 4063-4072 (2016); http://dev.biologists.org/content/143/21/4063
【植物発生シグナル】
研究室紹介ページ:http://bsw3.naist.jp/courses/courses110.html
研究室ホームページ:http://bsw3.naist.jp/nakajima/
(2016年11月07日掲載)