研究成果の紹介
バイオサイエンス研究科の高山誠司教授らが、アブラナ科植物が自己の花粉を認識してから排除するまでの情報伝達系に関わる分子を解明
バイオサイエンス研究科 細胞間情報学研究室の高山誠司教授らの研究グループは、アブラナ科植物の自家不和合性における自己花粉認識後の花粉排除に至るまでの情報伝達経路を解析し、グルタミン酸受容体を介したCa2+シグナリング系が関与していることを明らかにした。この成果は、英科学誌Natureの植物専門オンライン姉妹誌Nature Plants(9月1日)に掲載されると共に、News and Viewsでも紹介された。
Calcium signalling mediates self-incompatibility response in the Brassicaceae. Megumi Iwano†, Kanae Ito†, Sota Fujii†, Mitsuru Kakita, Hiroko Asano-Shimosato, Motoko Igarashi, Pulla Kaothien-Nakayama, Tetsuyuki Entani, Asaka Kanatani, Masashi Takehisa, Masaki Tanaka, Kunihiko Komatsu, Hiroshi Shiba, Takeharu Nagai, Atsushi Miyawaki, Akira Isogai & Seiji Takayama, Nature Plants 1, 15128, 2015. (†These authors contributed equally to this work.)
高山教授のコメント
本論文は、岩野恵助教(現大阪大学)、伊藤花菜江大学院生(現九州大学)、藤井壮太助教を始め、大勢のスタッフ、ポスドク、大学院生が長年に渡って進めてきた研究成果をまとめたものです。アブラナ科植物の自家不和合性反応は雌しべの細胞内で局所的に進行するという本研究結果と矛盾する概念が信じられてきたために、その概念の訂正を含め多くの実験的証拠の提示が求められ、論文が受理されるまで長い時間がかかりました。一方で、本研究によって、植物の受容体型キナーゼを介した情報伝達系の下流で、グルタミン酸受容体を介したCa2+シグナルが動いているという興味深い知見を得ることができました。今後は、この新知見を手掛かりに、自家不和合性反応の全体像を明らかにしていきたいと考えています。
植物の多くは「自家不和合性」と呼ばれる性質を持ち、自殖を回避して種の遺伝的多様性を維持している。アブラナ科植物では、花粉表層に自他識別の目印となる小型タンパク質SP11/SCRが存在し、雌ずい乳頭細胞膜上の受容体型キナーゼSRK との相互作用を介して自己の花粉を識別していることが示されてきた。しかし、自己花粉の排除に至るまでのSRK下流の情報伝達経路は未解明であった。
本研究では、この自家不和合性の情報伝達経路を解明するために、自家不和合性のシロイヌナズナを利用した。このモデル植物は進化の過程で自家不和合性を欠失していたが、SP11/SCRおよびSRK遺伝子を導入することで自家不和合性を復活させた。さらに、イエローカメレオンYC3.60というCa2+センサー蛋白質を発現させることにより、自家受粉時に乳頭細胞内Ca2+濃度が急上昇することを見出した(図1)。この上昇は、乳頭細胞から調製したプロトプラストに自己のSP11タンパク質を添加した時にも観察され、SP11とSRKの相互作用の下流で直接起きる現象であることが示された。また、薬理学的な解析により、このCa2+濃度の上昇は、細胞外からのCa2+の流入に依存すること、動物のグルタミン酸受容体の阻害剤(AP-5など)がこの流入を強く阻害することを見出した。さらに乳頭細胞で強く発現する2種類のグルタミン酸受容体様タンパク質(GLR3.7とGLR3.5)の変異体では、このCa2+の濃度上昇が低下することを見出した。さらに、乳頭細胞内にCa2+を人為的に注入する非自己の花粉の吸水も阻害されること、AP-5で乳頭細胞を処理すると自家不和合性が打破され自己の花粉も吸水・発芽できるようになることが示された。以上の結果より、乳頭細胞膜上でのSP11/SRK相互作用を介した自己花粉の認識反応の下流で、グルタミン酸受容体を介したCa2+の流入が起き、これがきっかけとなって花粉の吸水反応が阻害されていることが明らかとなった(図2)。
図1.自家および他家受粉時の乳頭細胞内Ca2+濃度変化
図2.アブラナ科植物の自家不和合性の情報伝達系モデル
【細胞間情報学】
研究室紹介ページ:http://bsw3.naist.jp/courses/courses102.html
研究室ホームページ:http://bsw3.naist.jp/takayama/
(2015年10月05日掲載)