研究成果の紹介
バイオサイエンス研究科の稲垣直之教授らが神経軸索を伸ばす力を発生させるための仕組みを発見
バイオサイエンス研究科 神経システム生物学研究室の稲垣直之教授らは、情報科学研究科の杉浦忠男准教授、池田和司教授らと共同で、神経細胞の軸索が伸びるために推進力を生み出す仕組みを分子レベルで解明した。
この成果は、8月10日付Journal of Cell Biology(オンライン)に掲載され、朝日新聞、 奈良新聞、日刊工業新聞、日経産業新聞等に記事として取り挙げられた。
稲垣直之教授のコメント
神経軸索の先端には、ダイナミックに動く成長円錐と呼ばれる構造体があります。今から125年前(1890年)に成長円錐を発見したスペインの神経科学者Ramom y Cajalは、成長円錐が脳内の誘引シグナルを検知して力を生み出し、正しい方向に軸索を伸長させることで精緻な神経回路が形成されるのではないかと予想しました。本学で同定したタンパク質Shootin1の働きを調べてゆくうちに、成長円錐がいかにして細胞外のシグナルを検知して軸索伸長のための力を生み出すのかその仕組みが分子レベルで明らかとなりつつあります(図1)。本研究は、本学次世代融合領域推進プロジェクトの支援を受けて、情報科学研究科の杉浦忠男先生、池田和司先生らとの学際融合領域研究(図2)によってなされました。今後は、これまでの研究をさらに発展させて、軸索伸長や細胞移動のメカノバイオロジーの発展に貢献したいと考えています。
研究の概要
脳内の神経細胞は、軸索と呼ばれる長い突起を適切な場所に伸ばし適切な神経細胞と結合することで脳の活動に必要な情報ネットワークを作る。その際に軸索は脳内の道路標識にあたる誘引分子を検知して正しい方向へ伸びるための力を発生させて正しい場所へと伸びる。しかし、軸索が誘引分子を検知して軸索伸長のための力を生み出すための仕組みは長らくわかっていなかった。我々は、これまでに、軸索を伸ばす仕組みのキーとなるタンパク質Shootin1が軸索先端で重合・脱重合を繰り返してエンジンの様な役割を果たすアクチン線維と連結することによって軸索の伸長が早まることを見出していた。しかし、その連結がどのようなタンパク質の結合を介して起こるのか分子レベルの仕組みは不明だった。そこで今回、その連結を介するタンパク質の同定を試みた。
まず、免疫沈降法を用いてShootin1と結合するタンパク質を網羅的に探索し、Cortactinを同定した。次に、細胞内1分子計測法によりCortactinとアクチン線維との結合をライブ計測したところ、軸索先端でCortactinがアクチン線維と結合することもわかった(図1)。我々のこれまでの解析から、軸索の先端が軸索誘引分子ネトリンによる刺激を受けると軸索内でシューティンがリン酸化されることが知られている(緑矢印)。そこで、シューティンとCortactinの結合をin vitro binding assayを用いて解析したところ、Shootin1がリン酸化を受けるとShootin1とCortactinとの結合が強まることがわかった(図1)。さらに軸索先端でShootin1とCortactinとの結合が強まると、エンジンの役割を果たすアクチン線維とタイヤの働きをする細胞接着タンパク質L1-CAMが連結することにより推進力が生み出され(図2)(図1、青矢印)軸索の伸長が加速する(図1、赤矢印)ことが証明された。また、逆にShootin1とCortactinとの結合を阻害した場合は、Netrin-1刺激による力の発生とそれに伴う軸索の伸長が抑制された。
軸索が誘引分子を検知して軸索伸長のための力を生み出す仕組みは長らく不明だったが、今回、その仕組みを分子レベルで明らかにした。軸索を伸ばす分子の仕組みの解明は、神経再生の治療法開発にとって基盤となる知見である。また、このような力の発生の仕組みは、免疫細胞の移動やがん細胞の浸潤など他の細胞にも存在する可能性が指摘されており、神経科学に加えて免疫学やがん研究といった医学領域の研究の加速も期待できる。
図1 軸索が伸びるために推進力を生み出す仕組み。軸索先端が誘引分子(Netrin-1)を検知していない状態では、エンジン分子(アクチン線維)がアイドリング状態で、タイヤ分子(L1-CAM)に力が伝達されない(左)。軸索先端が脳内のNetrin-1分子を感知すると(右)、軸索先端内でShootin1がリン酸化される(緑矢印)。Shootin1がリン酸化されるとShootin1とCortactinとの結合が強まり、エンジン分子の駆動力(黒矢印)がタイヤ分子へと伝わることで推進力が生まれる(青矢印)。これにより軸索の伸長が加速する(赤矢印)。
図2 軸索誘引分子(Netrin-1)の刺激による軸索先端で発生する力の計測。神経細胞を蛍光ナノビーズを包埋したポリアクリルアミドゲルの上に培養し、軸索先端(点線内、左図)が生み出す力で歪むゲルの動態をビーズの動き(赤、左図)から解析した。情報科学研究科数理情報学研究室の池田和司教授らのグループとの共同研究により、解析データをもとに、軸索先端で発生する力の向きと大きさを算出した(右図)。
【神経システム生物学】
研究室紹介ページ:http://bsw3.naist.jp/courses/courses204.html
研究室ホームページ:http://nippon.naist.jp/inagaki_g/
(2015年08月31日掲載)